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5/4のデビュー戦(予約はこちらかツイッターDMにて)50分演奏との事なので、セットリストを考えています。
「一発目だしみんなやりたい歌を教えてね」とメールすると、みんなの個性溢れる選曲が面白かった。

例えば新入りのカニ君は

悩んだがシンプルに好きな歌を並べてみました、との事で、、


夜に名前を
7月12日、13日
永遠に、たまに
愛は風景

だそうです。

どうですか?
長年の頑固なレテパヘッズの皆様、納得の選曲じゃないでしょうか?
「あんちゃん。分かってるねえ」といったところじゃないでしょうか?

ちなみに、今となっては俺の次にレテパ在籍年数が長いハダユキコは、、

見知らぬ青年との会話
プレスカブのスピードで
ロックンロールじゃ踊れない
SFマンボ

との事でした。
相変わらず激しい歌が好きなタイプみたいです。

ヤハタトシキ、関口萌の選曲も渋いのですが、ここまで書いて思い出したが、次回のラジオレテパシー、先日収録済みなのですが、そこでこの話をしてるので、ここまでにします。
忘れてました。
最初から書き直そうかな、とも思ったが、今20時なのですが、この後21時からテレビで「北の国から’87初恋」やるので、書き直す時間無くこのままにします。
2004年頃、上京時、ひどいホームシックになった時、何とかして北国の空気を少しでも感じたく、北の国からを初めて見て(道民は意外とバカにして見ていない)涙が止まらず、家にいる時はずっと流している、という時期がありました。
田中邦衛さん、ありがとうございました。

PS.学校〜の学校Ⅱ(学校Ⅱは出てないが)もエンドレスしてた時期がありました。
(学校Ⅱは空知が舞台です。空知の雰囲気感じたいなら是非。厳密には北空知と南空知で少し違うけど。)

どこで見たかは忘れたが、一目見た瞬間から虜になりました。
彼のギターに。
歌を歌う人以外で、一目見ただけで虜になったのは、20年前に札幌で見た鈴木亜沙美のドラムくらいです。
(まあ歌ってる人でも虜になる程の人は全然いないけど)

第一言語がギターの音なんだから、これが本物のギタリストだよな、と思いました。
本物のギタリストが鳴らす音は、無音と同じ速度で、無音と同じ轟音で、俺の大きな大きな世界を一瞬で満たしました。
最初からそこにあるはずの無音と同じ速度で満ちていくんだから、その速度がどのくらいのものか分かりますよね?
皆さんも彼のギターの静けさに夢中なんでしょう?
無音と同じ速さの轟音は、もしかしたら止まってるように見えるかもしれないね。
一緒のステージに立てば、あの静けさの中でカニユウヤに会えるのだとしたら、こんな楽しみな事は無い。
今まで生きてて良かったよ。

PS.5年前、在りし日の我々↓

2018年4th「ブルースマン」以降は、俺のせいで6枚のアルバムを完成させる為だけのバンドでした。
でも今日からは、よくいる普通のパンクバンドに戻ります。
新ギター、カニユウヤの登場です。

これからはこの5人でたくさんの伝説を作ろうと思います。
今までの分は瞬殺で取り戻します。
明るく元気に生き急ごうね。
生き急GOGO。レッツゴー。

PS.ちょうど誘われたので、デビュー戦。

家の隣は保育園です。
チビ達は夕方になるとお迎えが来て帰っていくのですが、今日は何だかいつもと様子が違う。
先生も外まで出てきて、一人一人に丁寧に「元気でね」「頑張ってね」「ありがとね」と、いつもの「また明日」という感じではなく永遠の別れのような雰囲気。
あ、そうか3/31だからお別れなのね。卒園ね。
保育園だから4才か?園児たちはこれが最後と分かってるような分かってないような。
でもいつもと様子の違う先生に合わせてあげてるのか、みんないつもより大きな声で「さよーなら!」「ありがとーございました!」という感じ。
たまに卒園じゃない園児も混ざっていて「ジューニューオカーリシター(牛乳おかわりした)」をずっと連呼するやつとかもいて面白かった。
ずいぶんと素敵な春の夕暮れを堪能させて貰いました。

毎年3/31の年度末なんてカンケーのない人生でしたが、今年は「3月はレテパ休み!」と宣言してしまったので、ちょっと年度末っぽい春になりました。
明日から4月だ。出会いと別れ。新生活スタートです。
すげえがんばりまーす。

去年の11/8からこのページ毎日書いていましたが、昨日ついに書かずに寝てしまいました。
すみません。こういう時、責任感の強いド長男だから結構「あー、やっちゃったな」と思います。
が、2年前から「完璧主義者は身を滅ぼす」を合言葉にしてますので、あまり気にしないようにします。

書かなかった理由は明白で、昼間に歌が出来たので、疲れて文を書く気にならず、21時くらいになっても「うーん。書かなきゃ。うーん。うーん。」とレナードコーエンを聞きながらゴロゴロしていたら寝てしまいました。
でも、これはちょっと面白い所でもあります。
このニュースのページを毎日書くようになってから、脳のリハビリになったのか、歌がどんどん出来るようになりました。
「そんなに毎日長々とブログを書いたって、今の人は読まないよ」という忠告を高野君から受けたこともありますが、そんな時は「ブログじゃなくてニュースね。そしてあれ書くのは作曲脳のリハビリなんだから気にしないで」と反論していました。
昨日このページ書けなかったことであらためて立証されましたね。
歌が出来たら疲れて書けないんだから、やっぱ同じ脳を使ってるんですね。
リハビリリハビリ。続けます。

PS.あと、もう一つ言い訳。
何もかも全部さらけ出さないと気持ち悪い性分なので、告知やら準備の関係でまだお知らせ出来ないことが一つあるので、なんかモヤモヤして書けなかったのもあるかも。
でも仕事の休み希望とか、今月中にシフト出さなきゃ、とかありますよね。
とりあえず、レテパヘッズは5/4空けとくように。ゴーゴー。

今夜はラジオレテパシー第14回(22時更新です)

おかげさまで最近はリスナー数も増えてくれているようで、ラジオチーム一同やりがいを感じて張り切っております。
14回目の今回もかなり面白い話が飛び出しておりますが、個人的には「局長の良さをどうやって引き出すか?」が永遠のテーマでしたので、今回は手応えアリの大満足。
まさか◯◯の◯に◯◯◯を盗むやつが実在するなんて。
あとは本編でのお楽しみ。

そして今週の他人曲もシビれるナンバーですよ。
恥ずかしながら知らなかったあのバンド。俺は最近夢中なんです。

あと、どんとの話しも少し出来てよかった。

PS.まだ聞いたこと無い人の為に少し書くと、、、

このラジオは3つのコーナーと、名物レトロCM、そして素敵な他人の曲と自分の曲を1曲ずつ。
大まかに書くとそんなラジオです。
3つのコーナーは「局長のニュース深掘りコーナー」「局長のお題でGO」「局長コーナー」です。

「ニュース深掘りコーナー」はこのページを読んだ局長が気になったところを深掘りしてくれます。
(今週の収録時にはまだ高野君脱退の事は書いていなかったから、多分来週あたりに鬼の局長に容赦なく深掘られる気がします)

「お題でGO」はスタッフが考えたお題を元に話していきます。
今週は音楽系の真面目なお題でしたので、音楽好きな方は必聴。

「局長コーナー」これはリスナーからのお便りコーナーです。
ちなみに来週の募集テーマは俺が考えましてちょっと斬新です。
来週分の収録は3/31の20時〜なのでお便りはそれまでにお願い致します。
本当に疑問に思っているテーマなので、ぜひぜひご意見お待ちしております。

「名物レトロCM」は世界のどこかにきっとある場末のバーでの夢芝居。
前にラジオで話しましたが、いつかくる最終回では「2杯目はソーダの変わり者」が2杯目を頼まずに遠い街へ去っていく、という事に決まっています。
ラジオレテパシーヘッズの皆さんは毎週「2杯目はソーダの変わり者」がおかわりをする事を祈りながら聞いていて下さいね。

「愛は風景」ご覧になりましたか?

この歌については、以前にも解説した事があるので詳しくは書きませんが、作曲は2009年です。
4th収録の「7月12日、13日」という歌と一緒に出来ました。(同じ日の事を歌っているので)
この歌の2番の歌詞は「久し振りに訪れた北18条の街はあの頃の事が冗談みたいに思えるような静かな街でした。元気でね。」という、友人(MOON PALACEの店主ホンダクミコ)からのメールを元にしています。

レテパシーズのレパートリーの作曲年表を見ると2009年の「7月12日、13日」「愛は風景」の次は2010年の「旅に出るなら」となっています。
2010年は僕のレテパシーズを結成した年です。
「旅に出るなら」はこれから始まるレテパシーズのドラムに鈴木亜沙美を誘ったのに、札幌に住んでいた彼女は「やりたいのは山々だが、今は行けない」の一点張りでムカついて嫌味で作った歌です。(結局彼女は2013年〜加入)

バンドをやり出すと、単純なもので歌が出来る時に頭の中でバンドサウンドが鳴るようになります。
ので「愛は風景」はソロ時代の最後の歌、という事になります。

ちなみに「旅に出るなら」の次は「ロックンロールじゃ踊れない」です。
ね、露骨にバンドっぽい歌でしょう?

「Love Is the Scenery」英語訳は織田泰菜さん。
俺は英語が苦手なので読むのもままならないのですが、この英訳は英語がそのままメロディーに乗るらしいです。
ので、英語圏の皆さんは英語のまま歌ってみて下さいね。

PS.嫌味の歌「旅に出るなら」から始まる6thアルバム「アコースティック」ももうすぐ発売です。
4月からは色々頑張るので、期待してて下さいね。

先日のワンマンの様子と「愛は風景」という歌を使って映像を作ってみました。
ライブ音源やカメラデータが半分以上無く(ポンコツですみません)アルバム音源から使っています。
が、このメンバーでの最後の雰囲気は全て伝わるかな、と。
大好きな雰囲気でした。

よかったら見てみてね。

2017年10月、ギターのはなえもんが突如レテパシーズを抜けました。
2ヶ月後には3rdアルバム「永遠に、たまに」のレコ発ワンマンが控えていました。
その日、はなえもんが来なかったので何も出来ず、スタジオ(中野ベースオントップ)に金だけ払い、サンプラザ前の広場の階段に座った、飯田裕、鈴木亜沙美、俺の3人は(この時期4人体制)途方に暮れていました。
でも厳密には俺はあまり途方には暮れていなかった。
心の中で「うみのてやピンクトカレフだった高野京介は対バンするといつも、ずっとレテパみたいなバンドがやってみたかったんだよね。」と言っていたからやってくれるだろう。
と思っていたので。
いーちゃんとアディーにそれを言うと「やってくれるかなー?忙しいんじゃない?」と半信半疑。
俺は「だってやってみたいって言ってたんだから。やってくれるんじゃない?いーちゃん連絡先知ってるなら今連絡してみてよ。」と自信満々。
で、その場で連絡。すぐに返信。快諾。
ワンマンは無事終わり、そのまま「6枚のアルバムを残したい」という俺の「遺書作り」に付き合ってくれました。

2018年の4thアルバム制作途中に俺の状態は最低最悪になり(アルコール依存症です)エンジニアも途中で降りてしまい、このままじゃ6thどころか4thも完成できないな、と確信し2回目の本格的な治療に入りました。
その時もあの、一見テキトーな人間と勘違いされそうな軽い態度で、何も変わらずに助けてくれました。
本当に優しい男です。(もし彼を知っていて、彼を優しいと思えていない人がいたら、感性イカれてるよ。)

その後、治療の甲斐あり体調も復調し、4th完成。
続いて5th6th制作、そして去年2月の復活ライブ。この前の5thレコ発ワンマン。
全部高野君と一緒にがんばりました。

6thは完成してるけど発売はまだだし、レコ発ライブも5thまでしかやれてないけれど、おかげさまで「遺書作り」は本当の意味で終わり、頭の中は7th以降の未来の事でいっぱいになれたので、新しく動き出すためには、このタイミングかな、と。

あの一番滅茶苦茶だった時期を支えてくれてありがとう。
歌ができる、ライブをする、アルバムを作る、そんな当たり前の事が出来なかったあの時期。
今、普通のバンドに戻れたのは高野君のおかげです。

ありがとう高野君。
高野君もがんばってね。
俺らもがんばります。

光栄なことに、一番好きな歌手から「アルバムが出るのでコメントを書いて」と頼まれた。
アルバムを聞かせて頂き、そのまま書いてみた。
普段そんなの全然頼まれないし、人が書いたやつも読まないので、コメントというものがこれで良かったのか分からないが、書き直せるタイプでもないのでそのままお渡しした。(厳密に書くとコメントの前にその人に対する歌が出来てしまったが、さすがに長すぎるしね。まあ歌は歌おう。)

で、ちょっと笑っちゃったのが、コメントかあ、と思って真っ先に思い出したのが、太宰治さんが書いた、織田作之助が死んだ時のコメント(追悼文)でした。
なんか、あれ以外に思い付かなかったのが面白かった。
約70年経ってるのに色々すっ飛ばして、これか、と。
でも、そういうもんでしょう。
なんつーか、そういうことなんだよなあ、という感じの一日でした。

PS.でも、昔のレテパチラシには素敵なコメント色々頂いてますよね。
押し入れの奥だから、今度探してみて見つけたら紹介してみますね。