こんばんは。水曜担当の古宮大志です。
すみません、ちょっとお詫びと訂正が、、
レテパシー通信、水曜と日曜更新!
水曜は古宮大志、日曜は他の4人の誰かが書く!
と張り切って決めたのですが、ちょっと詰め込み過ぎな事に気付きました、、
アオイちゃん、ヤックン、が素敵な通信を書いてくれて、毎週日曜を楽しみにしてる方も多いと思うのですが、俺が毎週書くのが難しそうでして、、
今後、以下でいこうと思います。
レテパシー通信→毎週木曜日更新
※古宮大志、他メンバーの誰か、が交互に書く
※明日4/30(木)はお休みで次週の5/7(木)から新スタート
あと、俺のもう一つのバンド「ⅡララⅡしん」の方も、週2回更新にしていましたが、週1回に変更にします。
ⅡララⅡしん→毎週月曜日更新
※古宮大志、鈴木りさ、が交互に書く
これなら俺は週に1回執筆なので、キャパオーバーを防げそうです。
何事も試してみなくては分からない体当たり人生でして、、度々の変更お許しを。
では、張り切って書いてみますね。
佐藤碧唯の加入から6回スタジオに入りました。
バンドをやっていない人には分からないと思いますが「アルバム制作に向けてのアレンジのスタジオ」と「ライブに向けてのスタジオ」は全然違うものです。
しかも佐藤碧唯は新人なので、サポートライブで演奏した7曲(今改めて見ると、とても良いセットリストですね)
1.まだもう
2.楽しかったから
3.夏のアルバム
4.おるたな
5.SAIL AWAY
6.才能がなかったんだろ
7.渋滞
上記以外はまだ演奏未経験なので、ライブの練習も一から感覚を作っていきますから、なかなか丁寧なスタジオが求められます。
なので、こんな作戦を立てたのです。3月の中旬に。
「3月4月は12thアルバムのアレンジのみに集中しよう。5月に入ったら12thアルバムの事は一旦忘れて5/29のフリーライブの練習に集中しよう」と。
6回のスタジオで行なった12thアルバムのアレンジはバッチリでした。
今までのアルバムで一番自分らしいアルバムになると思います。
歌い出した頃の高校生の自分が、レテパの12枚のアルバムを全部聞いたら、きっと12thアルバムが一番好きだと言うんじゃないかな。
うん。10代の頃の俺が好きそうなアルバムなんです。
4人とも、ほんと素晴らしい。
完全に100パーセント純粋で混じりっ気無しの自分の感覚なのに、自分以外の4人がそこへ連れて行ってくれる感じ。
こんな感覚、人類の何%が知っているのだろう。
最後に、4月の初めにメンバーに送ったメールを載せて今日の通信を終わります。
5月からはフリーライブに向けて一直線。(5/29だよ。予約不要だよ。タダだよ。みんな来てね!)
セットリストも考えなきゃ、、ああ忙しい、、バイトも7時間半の週5なんですよ。偉いんですよ。全額バンドに消えるんですよ。ちなみに家賃は39000円です。幸せ。
ほんと夢見るバンドマン状態。悲しい時も多いが、基本的に楽しいよ。
基本的に楽しい、っていいね。
では、以下メール転送。
12thアルバム、今年中には絶対に出すぞ。
↓
「12thアルバムについて」
少しイメージ説明した方がみんなやりやすいかも?と思い、少し書きます。
1.渋滞
2.12月1日
3.ひだまり
4.経堂駅
5.悲しい夏の一日
6.荒玉水道爆走中
7.春の花
8.ラララポートモノレールブルー
9.教えてあげたい
10.楽しかったから
子供の歌も多いし、わりと可愛い、明るいイメージになりがちなのかも?
が、自分としては、簡潔に書くと、今までで一番暗いイメージのアルバムです。
暗いところからなんとか光を見てるイメージです。
例えば、ラララポートモノレールブルー、を例に挙げると、息子が銀河鉄道の夜を読む頃には、自分はその場所にはもういうないイメージなんです。
今は一見安定してるように見えるかもだが、作曲時なんかは特に、いつもう会えなくなるか分からなかったので、なんだか遠く悲しい感じが漂っています。
春の花、荒玉水道爆走中、なんかも、一見楽しそうなイメージかもだが、やはり悲しい歌ではあります。
もちろん、ただの悲しい歌ではないけどね。
ちゃんと光は刺しているつもりですが。
春の花、荒玉水道爆走中、に手をつける前に、伝えておくと良いかも!と思い、書きました。
おかげさまで、今のところ最高のアルバムです。
引き続きがんばろー!
↑
以上、メール転送でした。
では、来週の木曜日をお楽しみに。
背の順だとついにあの人だな。
2026年4月29日(木)
古宮大志
新加入の佐藤碧唯に続き、本日はベースのヤハタトシキが書きます。
アオイさんの人柄が伝わるエネルギッシュな文章で、俄然やる気が出ました。そして、僕がレテパに加入したときのことも思い出されたり。なのでこんな感じで書いてみようかなと思います!
・ヤハタのレテパ加入エピソードとそれから
・佐藤碧唯、登場!
レテパシーズに入ったのは2020年でした。簡潔に経緯を。
最初に触れた楽器こそベースだったけれど、歌を作ってギターで歌ってきた時間が長く、もう一度ベースに向き合ったのは2019年。SECHIというバンドでベースを弾き始めた時でした。SECHIのドラマーである田中マチさんは真黒毛ぼっくすのメンバーでもあり、真黒毛のライブを見てボーカルの大槻さんと親しくなった僕は、何度か真黒毛でベースのサポートをしていました。
僕はもともとレテパが大好きで、古宮大志とは家も近所だったので、バンドメンバー探しとか恋愛の相談をしたりと、よく古宮家に遊びに行っていました。「ベースにうるさい大槻さんと何度か演奏しているなら大槻さんが認めたってことなのかな。酒をやめて歌ができて新しいアルバムを作りたいから、ベース弾いてみない?」というような感じで、僕はレテパの一員になりました。アオイさんは、「富士山」と書いていましたね。僕の場合は、18歳のときから大ファンのバンドに入るという出来事でしたので「ブルーハーツのメンバーになる」ような気持ちでした。当時のメンバーは、ドラムがハジメさん、鍵盤にユキコさん、ギターは高野さん。みんな優しく迎えてくれて緊張もほぐれたのでした。(ちなみに、先日久しぶりに会った真黒毛ぼっくすの大槻さんは「あのときの君のベースは、いまいちだったよねぇ」と言ってました。「今はもっといいベースが弾けるんですよ」と言い返しておきました!)
「12月4日(金) 新ベース、ヤハタトシキについて」
僕が加入してからはずっとハジメさんとリズム隊のタッグを組んで「クレイなジー」以降の5枚のアルバムを作りました。
加入当初の僕は所謂「ギターの人が弾いてるベース」なスタイルだったので、そこからの脱却というのが当面の課題でした。歌やバンドの全体像をイメージしたときに「このベースの感じじゃ全然ダメだ、ノリが出てないし、フレーズがもっとあるはずだ」そんなふうに悩んだことが何度もありました。ハジメさんにもよく相談しました。ハジメさんの助言が高い次元だったりして、僕はさらに大混乱に陥ることもありました。ハジメさんのドラムは、感情的でありながら、冷静に自分を俯瞰している感じもして、同じ曲でもその時々でピークの持って行き方が違う。そんなところがハジメさんのドラムの魅力だと僕は思います。「夏のアルバム」の頃から、互いに呼応しあってスリリングに演奏ができるようになった気がします。合わせにいったり探り合うのではなく自分のプレイを貫く強さがうねりを生むのかもしれない。だからこその最新作「おるたな」があります。
最近でも「この歌、このアレンジになってくると難しいぞ、、、どうしたもんか」なんて悩むことはあります。それを正直に言葉にしてみたり、カニくんや南さんがどんな演奏をしているかを掴めると、だんだん自分の演奏もしっくりきます。リリースする度に、「今までで一番いいベースが弾けた」と毎回思えているので、きっと進化しているはず。ハジメさんも書いていたように、あの時しかできなかった演奏が録音として残っています。ハジメさんと演奏していく中で、僕はベースシストとして誇りを持てるようになった。ハジメさん、本当にありがとう!
「3月13日(金) 僕のレテパシーズへ」
・佐藤碧唯、登場!
今年1月31日のライブを急遽サポートしてくれたアオイさん。最初のスタジオに入ったときはもう年が明けていて、あまり時間がなかった中、短期間で準備してきてくれました。そんな誰もが不安でいっぱいになりそうな状況なのに、肝が座っててすごい、絶対いいライブになると僕は思いました。
東高円寺ロサンゼルスクラブのAスタジオ。アオイさんのライブでの姿はスタジオの時よりも何倍もかっこよくて悔しいぐらい迷いがなくて、僕もアクセルをぐっと踏み込んだ。いいライブになりました。
アオイさんの正式加入は決まる前だったけど「あ、新しい風を吹き込む人だ」と思いました。先週のアオイさんが自然なことだったように思うって書いてて、やっぱりなって。僕は自分がレテパに入った直後は、雲の上を歩いてるみたいな心持ちでした。新たに撮影した5人の写真、アオイさんのえっへんとした立ち姿は、本当に頼もしい!
今は12thのアレンジを5人で進めています。アルバムやこれからのライブはどうなるんだろう。きっと今の自分の想像など軽々と越えてしまうんだと思います。ともかく、次の5月29日のフリーライブで!
今週はヤハタでした。来週は誰でしょう、おたのしみに。
水曜担当の古宮大志です。こんばんは。
先週から「水曜は古宮大志」「日曜は他の4人の誰か」で書いてみる事にしました。
この前の日曜は新メンバーの佐藤碧唯が書いてくれましたね。
アオイも書いていたが「背の順」の便利さを最近思い出したレテパシーズです。
「スタジオでミキサーに繋ぐマイクケーブルの順番」も最近はもっぱら背の順にしています。
マイクを使うのが5人もいると、いつもどれがどれだか分からなくなるので、とても便利なのです。
ミキサーの左から、アオイ、ヤックン、南、カニ、俺、の順番です。
こう書くとコアなレテパヘッズは「え!?カニユウヤがマイク立ててるの?あのマイク立てないことで有名なカニユウヤが?」と思うでしょう。
そうなんです。最近カニさんはコーラスに目覚めたのです。
実は彼の声は「タバコ吸うタイプの野球部員」といった感じの声で素晴らしいのです。
次のライブではコーラスしてるカニの姿が見れる事でしょう。
野球部員の声って特徴ありますよね。サッカー部員とは全然違う。ヤニ嗄れ低声。
「佐藤碧唯初登場!」そして「カニユウヤコーラス初披露!」そんなメモリアルなライブに行かないわけにはいきませんよね。
しかも無料だ!世界中から来れば良い。
最近は12thアルバムのアレンジばかりで忘れていたが、そろそろライブの曲目も決めなきゃなあ、と思い、先日メンバーにこんなメールを送ってみました。
↓
「5/29のセットリスト青写真」
まだ未定だが、こんなイメージでいます。
以下の中から50分〜60分かな、と。
今回のライブの主旨的に、中期レテパ7th以降オンリーで考えています。
※アオイと演奏済みの歌
↓
まだもう
夏のアルバム
おるたな
SAIL AWAY
才能がなかったんだろ
渋滞
12月1日
ひだまり
経堂駅
悲しい夏の一日
荒玉水道爆走中
春の花
ラララポートモノレールブルー
教えてあげたい
楽しかったから
※15周年で演奏した歌
↓
クレイなジー
青春
パンクな名古屋娘
天国から来た男
実家のハイロウズのリストバンド
イカレた人
数学と国語
ホワイトアルバム
T君の夏の歌
ホンダ
さよならの合図
愛してる
若いバンド
※15周年で演奏していないが、アオイ以外はわりと演奏経験多めの歌
↓
年末年始音楽番組感想
エンデンジャードスピーシーズ
無色の歌
ヒーローと
コード泥棒
↑
※以上メール転送
こんなメールを送った後に、スタジオで話してみたのだが、みんな「7thオンリーも良いと思うけど、せっかくのアオイちゃん登場のライブなんだから、全期間の中からアオイちゃんリクエストも入れた方が良いのでは?」と言っていた。
俺も大納得で「なるほど!確かにそうだな。アオイさん、次会う時までにリクエスト考えておいて!」という流れです。
アオイ、好きな歌なんだろう?
ハジメちゃんのピンチヒッターで叩いてくれた、Ⅱララ企画でのサポートの時は「SAIL AWAYやりたいです!」と言ってくれて嬉しかったな。
ちなみに「SAIL AWAY」は2022年に環七で壮絶な最期を遂げた黒猫の歌。
そして、上記の曲目候補の中にある「ひだまり」という歌は、その黒猫のライバルだった癲癇(てんかん)持ちの白黒猫の歌。
この白黒猫も癲癇で痙攣しながら俺の膝の上で壮絶な最後を遂げた。
あの2匹とのポップでラブリーでミステリーな日々が、今も自分の底力になっていると思う。
ぶっ飛んだ奴らといると自分もぶっ飛んだ奴になるよね。
同じ映画の中にいる感じ。超能力も平気で飛び交う日々でした。
2026年4月22日
古宮大志
はじめまして!僕のレテパシーズの新しいドラマーになりました、佐藤碧唯(サトウアオイ)です!水曜日のレテパ通信で大志さんが仰った通り、毎週日曜日には大志さん以外のレテパメンバーが書くことになりました!記念すべき第一回は、私、佐藤碧唯です!イェーイ!書く順番はなんと、背の順で決まりました。24歳になって背の順を使うと思っていなかったのでとても嬉しかったです。背の順で一番前の人は、”前ならえ”ではなく、”えっへん!”のポーズですよね。なので私はそういう心持ちで行きます。
ほいっ(話を切り替える音)
今日は祖母の家の草むしりをしながら、何を書こうかな〜〜と考えていました。大志さんは文章書くのが上手だからなぁ……うーん。と、草をむしりながらもにょもにょ色々考えていると、数日前に静岡に行ったときに見た富士山を思い出しました。
近くで見る富士山は、普段東京から見ている時には感じることのない空気を帯びていて、気付けば背筋は伸び、深呼吸をしていました。「こんなものが普段から近くにあったら早々にいろんなことを諦めて、今と全く違う人生だった気がする。」なんて考えりしました。諦めるという言葉が正しいかは分かりませんが……そんな感じ。そう思いながらも、「でも、この存在は人生に必要だ。」とも強く思いました。
この存在。
私の人生にもいるぞ!
背筋が伸び、深呼吸をさせる存在。
その名も、古宮大志。
私は僕のレテパシーズに入り、
富士山の見た景色を音にしたいのです。
……です!!
こんなことを思いながらばーちゃんちの草をむしることになるとは!楽しい人生です。
側から見れば、かなり電撃加入だった気もしますが、私としてはとても自然なことでした。なんとなく大志さんも、カニさんも、八幡さんも、南さんもそう思っている気がします。へへ
これから、よろしくお願いします!
以上、僕のレテパシーズの佐藤碧唯でした。
毎週水曜日更新に決めてから、2回目のレテパシー通信です。
こうやって、曜日を決めて書くの良いですね。
今までは「アルバムリリース!」「メンバー脱退!」「メンバー加入!」「レコ発ライブやるよ!がんばる!」「レコ発ライブの予約が少ない!悲しい!もうだめだ!終わりだ!何もかも!」とか、そんな節目節目というか、良くも悪くも精神が高揚している状態で書いてたので、毎回毎回なかなかの重量感だったと思います。
それでも嫌いにならずに、ここまで読んでくれてる方々、気が合いますね。友人ですわ。ありがとう。
でもこうやって毎週水曜日に決めてみると、もっと気楽に書ける気がするな。
これからは、あまり重くならないように、軽やかな活動日誌を目指します。
引き続き、レテパシーズは12thアルバムのアレンジスタジオです。
今日はその様子を書いてみますね。
佐藤碧唯(サトウアオイ、今後はアオイと書きます)は才能のある、とても面白い人なのですが、多分音楽そのものへの尊敬の念がちゃんとあるんじゃないかな?音楽を信じているというか。
そういう理由もあってか、ギターソロの時とかも、カニギターへの畏怖というか遠慮というか、そういうのがまだ少しある気がする。
だからだと思うが、まあ「バンドアレンジあるある」だと思うのですが「尺が決まっていないアレンジ段階のギターソロが延々と終わらない状態」が発生します。
「ここで終わりかな?」と勇気を出してアオイが終わらせようとしても、カニが終わらずに、アオイも慌ててプレイ続行。
あまりにも毎回その状態になるので、俺はだんだん面白くなってきて、下を向いて笑いを堪えていた。
が、ついに耐えきれずに「毎回終わるタイミングの意思疎通がうまくいってないから、カニイヤンが顔で合図出してよ。」と提案しました。
カニは「分かりました!」と言って、ギターソロが始まったのですが、また全然終わらずに、今まで同様、終わる時にグダグダにずれてしまった。
俺は笑いを噛み殺しながら「全然ダメじゃん。カニイヤンちゃんと終わる顔した?」と聞いたら「しました!」と即答。
これにはさすがのアオイと南とヤハタも「全然してない!違いが分かりません!もうクイズです!激ムズカニクイズ!」と大クレームの大笑い。
クレームを出されたカニは「もう次からはドラムが合図出して下さい、、」と苦笑い。
カニは野球のピッチャーだったからな。常日頃から相手に球種や心理を読まれないようにする癖がついているのだろう。
なかなかのピッチャーだったらしいのですが、肘を壊したので、グローブを置いて、ギターを持つ事にしたそうです。
ギタリストだったお父さんが亡くなってからは、形見の薄紫色のギターを弾いています。
MOONというメーカーだそうです。
2026年4月15日
古宮大志
PS.ちょっとお知らせ。
レテパのみんなに「最近Ⅱララは曜日決めて俺とりっちゃんがⅡララⅡしん書いてるんだけどさ。レテパもみんなで書く?書きたい?どう?」と聞いたら、みんな書きたいと言ってくれたので、今後は、、
毎週水曜日
古宮大志
毎週日曜日
ひろし以外の誰か
が書く事になりました。
次の日曜は誰かな?お楽しみに!
新ドラマー佐藤碧唯が加入してから、3月は3回スタジオに入りました。
内容は全て12thアルバムのアレンジです。
1.渋滞
2.12月1日
3.ひだまり
4.経堂駅
5.悲しい夏の一日
6.荒玉水道爆走中
7.春の花
8.ラララポートモノレールブルー
9.教えてあげたい
10.楽しかったから
このアルバム、タイトルは「最後のアルバム」に決めていました。
ここで終わるような気もしてたし、終わらないにせよ、12thで中期レテパは終わり、13th以降は明確に後期レテパだな、と思えていたので。(1st〜6thが初期ね。もっと書くと、1st2ndは初期の前期の安定期。3rd4thは初期の中期の壊滅期。5th6thは初期の後期の回復期。「え!?2ndのどこが安定期!?」とのヤジが聞こえてきそうですが、、まあ2ndは「安定期が終わる最後の41分間の実況中継ドキュメント!」が正解かな?しかも3rd4thは後年ボーカル録り直したから、壊滅感は無いかな?いや流石にあるか、、うーむ)
が、12thもしかしたらタイトル変えるかも?
2曲目の「12月1日」という歌の歌詞の「そり遊びのような旅に出る」というのが12thのタイトルに相応しい気がしてきています。
相変わらず気が早いかもですが、気が早い時は自分は調子が良い時なのです。
なので絶好調!という事で、今後もレテパシー通信にお付き合い下さいね。
昨年始めた俺の新バンド「Ⅱララ」がnoteというページで「ⅡララⅡしん」というのを始めたのですが、これに毎週金曜日に文章を書く事にしました。(月曜はVoの鈴木りさ、金曜は古宮大志)
こうなると、レテパシー通信の方ももっと書かなきゃ、と思いまして、そのためには曜日を決めて強制的にでも書こう!と決意しました。
レテパシー通信は今後「毎週水曜日更新」にしようと思います。
前にも書きましたが、レテパ、Ⅱララ、で音楽の世界を変えたい。
俺は2024年の冬、最高傑作「夏のアルバム」を出したあたりで一つ絶望したのです。
「これは本当にこのまま終わるのかもな」と明確に終わりのイメージが湧き始めました。
それだけ10thは自信作だったのです。もう打つ手が無いな、と。
でも、Ⅱララが現れて、希望が湧いてきた。
Ⅱララをやる事により、レテパはどこまでも自由になれる気がするのです。
「音楽界の登竜門担当」と「レテパのライバル」を同時に自分で作ったみたいな。
例えは古いが、いつかビビアンスーと千秋のブラビポケビみたいな関係になれたら楽しいね。
ついに自由になったレテパシーズは現在以下の2つに爆進しています。
①12thアルバムのアレンジ
②5/29佐藤碧唯登場フリーライブ
とにかく今はフリーライブをお楽しみに。
12thは年内に出すのが目標。
ではまた来週!水曜日に会いましょう。
2026年4月8日
古宮大志
PS.10th「夏のアルバム」のレコ発ライブは開催しませんでした。
「やるとしたらあれしかない!」という第一希望が実現出来なかったので。(いつか実現させます。絶対に。)
でも11th「おるたな」レコ発ライブは普通にやるつもりでした。
関口萌が多忙で、アルバム制作とライブは並行不可だったので、12thアルバム録音が終わった頃の2026年の秋かなあ、なんて漠然と考えていました。
でも、ハジメちゃんが抜けたので、どーしようか、と思っていましたが、多分やります。9月くらいに。
佐藤碧唯はまだまだ覚醒前ですが、その頃には大覚醒して11thの歌達もアルバム以上にレテパシー大爆発なドラムを叩けるはず。
まあ、フリーライブの時にはもう覚醒してる予定ですけどね。
俺は他人を覚醒させるのが得意なのです。
PS. こちらにⅡララ関連のページをまとめてみました。
今後はレテパの「プロフィール」のページからもⅡララに飛べるようにしておきます。
あと分かりやすいように、レテパのライブのページに、俺のソロライブ、Ⅱララのライブ、の予定も載せておこうと思います。
ここからは明確に共闘モード。
楽しい危険な大冒険。どうか信じてね。よろしく。
予約不要よ!全員参加でよろしく!
↓

新ドラマー、佐藤碧唯が加入します。
どんなもんか、まずはとにかく見てもらいたいです。
なので、お披露目フリーライブを開催します。
常連さんも、久し振りさんも、初めましてもカモンカモン。
2026年5月29日(金)
東高円寺ロサンゼルスクラブ
「新ドラマー佐藤碧唯登場!」
19時00分オープン
19時30分スタート
※入場無料(1Dオーダー)
※予約不要
出演
大泉咲
僕のレテパシーズ

レテパシーズは16年目に突入して、次作12thアルバムのアレンジもスタートしました。
過去作11枚全て名盤だと思ってるけど、12thは特にすごいと思う。
この12thならば、大名盤の11th「おるたな」を超えられるかも知れません。
最近ライブを見れてない人にも、今のレテパシーズを見てほしい。
なので、赤字覚悟でフリーライブにしちゃいました。
予約も不要です。この機会にぜひ。
2026年3月26日
古宮大志
PS.大好きな大泉咲がゲスト出演してくれます。
彼女のソロアルバム「一人っ子計画」をみなさん聞きましたか?
ぜひ聞いてから来てね。素晴らしいので。(1曲目から13曲目まで、どんどん明るい光が刺してくるような曲順になっているのです。なので曲順で最初から聞いてみてね。きっと救われるはず。俺は救われたよ。もちろんTHEドイも犬丸二もサイコーなので彼女の全てをぜひ!)
PS.佐藤碧唯について書きますね。
サトウアオイと読みます。
1月のⅡララ企画でサポートで叩いてくれたアオイムシと同一人物です。
名前がアオイなので、芸名が「アオイムシ」だったらしいのですが、俺は本名を聞いてなかったので、ずっと「青い虫」だと思い込んでいて、青い虫なんて見た事無いなあ、青いトンボなら月形にもいたし親しみがあるけれど、、とその芸名にあまりしっくり来ていませんでした。
が、ある日本名を知り、あ!そういう事か!と大納得。
でも、本名の佐藤碧唯がとてもカッコいいので「とにかく碧唯という名前は佐藤との相性が抜群に良いと思う。今までの人生で出会った佐藤の中でダントツに佐藤が輝いて見える。こんなにも佐藤がカッコよく見えたのは生まれて初めてだ。これが古宮でも菊竹でも八幡でも嘉仁でも全然ダメ。碧唯には佐藤しかないし、佐藤には碧唯がベストだと思う。視覚的にも音の響き的にも!」と早口で捲し立てて大洗脳して、この度めでたくアオイムシから佐藤碧唯に生まれ変わったのでした。
彼女は昨年末の15周年ワンマンのライブで初めてレテパを見てくれたのです。(以前レテパシー通信にも登場した、ロサンゼルスクラブPAのイッテツ君が連れて来てくれてたらしい。このバンドを知らないのは罪だ!モグリだ!と)
そして無事に大感動して悔い改めてくれたという話を聞いたので、Ⅱララ企画でのサポートをお願いしたのでした。
そのⅡララ企画の数日後、正式なドラマーとしてのオファーをしに、彼女の実家の目の前の幼少期から遊んでいたという公園のベンチに座り、1時間ほど2人で話しました。
何を話したのかはあまり覚えていませんが「夜の公園のこの感じ、高校生の頃のようで懐かしいなあ!」と思ったのを覚えています。
一瞬で高校生の頃に戻れたのだから、確実に素晴らしい1時間だったのでしょう。
きっと佐藤碧唯も同じ気持ちだったはず。
なので、無事に正式加入決定。
ギリギリセーフだったけれど、ライブ見れて良かったね。
加入しちゃったらもう見れないもんね。
あの15周年ライブが最初で最後のレテパシーズでもう永遠に見れないと良いね。
解散までこの5人で行きたいよ。
ハジメちゃんや他のみんなの分まで、全人生をレテパシーズに使う事を誓います。
最高の人生で楽しいな。いつも自然と笑っちゃうんだ。
では、5/29に会おう!
関口萌と古宮大志が文章書きました。
まずは古宮大志から。
昨年末から椎間板ヘルニアでお休みしていた関口萌ですが、僕のレテパシーズを脱退する事になりました。
誤解されないようにハッキリと書きますが、ヘルニアは少しづつ良くなってきています。
なのでドラマーとして絶命した訳ではありません。
あんなに素晴らしいドラマーなので、いつか他のバンドでも叩いてる所を見たいです。
じゃあ、なんで脱退するのか、というと、これは病状とは関係ありません。
確かに一つのきっかけにはなりましたが。
ハジメちゃんは以前から「若くて良いドラマーが見つかったら、引退して席を譲りたい」という言葉を、事ある毎に発していました。
多くは書きませんが、彼の私生活が多忙過ぎて、弱っている時に発せられる事が多かったと思います。
俺はその度に悲しくなり、いちいち感情を揺さぶられていました。
俺とはまたタイプは違いますが、ハジメちゃんの生活も大変そうで、1年に1枚アルバムを出す、という今のレテパシーズのペースに合わせるには、どうしてもライブを削らなくてはならず、ここ数年は年に数回しかライブを出来ていませんでした。
それでも、騙し騙しここまで来ちゃいました。
なぜなら、ここ数年の少ないながらも行ったライブの全てが素晴らしかったし、最高のアルバムを作り続ける事が出来ていたから。
それが我々の全てでした。
今回ヘルニアでお休みになり、一度足を止めて、みんなと話し合いました。
タイミングよく「良いドラマー」も現れてしまったので、たくさんたくさん話し合いました。
そして、決断する事にしました。
今決断しないと、このバンド、手遅れになって、終わるぞ、と、本能が言っている気がしました。
まだ腐ってはいないけど、この状況がまだまだ続いたら、本当の手遅れになるぞ、と。
もっともっとライブをしたい。もっともっと作品を作りたい。
手加減せずに、人生の全てをレテパシーズに使いたい。
このバンドはこんなうだつの上がらない状態で、何年も放っておいてはいけないバンドだと思うのです。
ライブと作品が研ぎ澄まされまくってしまった今の状態は、逆に諸刃で折れやすい状態だとも感じるのです。
もっともっと速く走りたい。全然無理なんかしていない。
光速じゃなきゃ、楽しくないだけ。ただそれだけ。
そして光速でもちゃんと全てが見えてるよ。
だから歌はやって来るんだ。
レテパシーズを有名にして、音楽の世界を変えたい。
なので、関口萌にはここで降りてもらう事にしました。
ハジメちゃんを置いていくからには、絶対に売れようと思います。
古宮大志
※【古宮大志からの補足】
下記の関口萌の文章、素晴らしいので、一箇所だけ記憶違いがあるが、そのままにしようと思います。
「アコースティック」のベースはタカユキカトー。
が、「アコースティック」のリリース前にタカユキからヤハタにメンバーチェンジしていて、レコ発ライブもヤハタが弾いているので、勘違いしたのだと思います。
そのままで良いと思ったので、ハジメからの原文そのまま載せました。
僕のレテパシーズへ
自分が関わったレテパについて、初めて長い文章を書く。
確認したら、ひろしくんから僕のレテパシーズでドラムを叩かないかと言われたのが2018年の春なので、バンドは8年ほどやったことになる。メンバーチェンジもあり、自分にもひろしくんにも子どもが生まれたりして、アルバムは8枚作ったので振り返ってみる。
私は元々自分のバンドをやっていて曲も作ったりしていたのもあり、いちドラマーとしてバンドに参加するのは個人的に向いていないと思ったけれど、ひろしくんから郵便で送られてきた手書きの歌詞をみて、「なるほど、この人は良い詩人なんだ」と思って参加を決めた記憶がある。それまで続けていたバンドが終わったタイミングだったり、当時のギター高野くんやユキコさんという同い年メンバーがいたことで安心感もあったりした。
始めは練習場所の中野のスタジオに集まる前に、ひろしくんとベースの飯田くんとコンビニでアルコールを調達してアレンジをやり(ひろしが酒を飲んでいた頃)、「ブルースマン」の録音に臨んだ。直前まで使っていたカノウプスのスネアは楽器屋に売ってしまったので手持ちの機材はなく、スティックだけ持っていくスタイルだったので移動が楽だった。ちなみにその時のメンバーは高野くんも飯田くんもユキコさんも、楽器奏者として攻守で分けると「攻める」タイプの人たちだったから、熱量を合わせるのがやりやすかった(もちろんみな攻守の要素は両方あって、あくまでも私の勝手なイメージで言っている)。
「ブルースマン」の録音は終末感があってぐしゃぐしゃだったので、歌録りの際ひろしくんは泣きながら歌っていた。記憶力がないので詳細はあまり憶えていないが。ドラムに関してはたしかスタジオにあったセットをそのまま叩いた気がする。しっかりしたスタジオでちゃんとチューニングされていた。この時のドラムの音は大袈裟な音がして好き。「ヘルメットヘアー」とか「僕のレテパシーズのテーマ」のやけくそ感は愛せる。
その年のハイコーフェスにも同行し、秋田県田沢湖まで車で行った。帰りの高速道路の車内でユキコさんと何気ない話をしたことが、自分がその先もレテパを続けていこうかな、という気持ちに繋がったような気が、今となってはしている。
その後、飯田くんが抜けてタカユキくんがベースで入り「レテパシー」の録音へ。タカユキくんも同い年メンバーで、本来は「攻める」演者だけど意図的に「守って」いたので、バンドが柔らかくなった印象がある。彼の地下室の小部屋みたいなスタジオでコーラス録りをしたことと、録音ではドラムテックの方が入ってくれたことがとても面白かった。曲によってシンバルを変えたり、タムをデッドな感じの音にしてくれたので表情が変わっていて楽しいドラムだった。あの時敷いてたマイネルのドラムマット、いつか買いたいな。曲でいうと「長野県のお月様」が好きで、個人的にシングル推しだったが、ちょっとみんなと感覚が違ったのかも。
次の「アコースティック」はタカユキくんからやっくんになってからのアルバムで、バンドとしてちょっと新鮮な空気感があった気がする。このアルバムに入っている「春」という曲は思い入れがあって、ドラムはこだわった。ひろしくんの曲でたまにすごく好きなメロディーラインのものがあって、「春」とか「そばにいる」とかがそう。それからこのアルバムは2024年にリマスターをしているのだが、そのバージョンを聞いた時にすごくいいアルバムだと感動したっけ。「調布飛行場」の高野くんのギターが特に良い。あと、やっくんとは吉祥寺で飲んだり、錦糸町のサウナに行ってちょっとずつ打ち解けていったけれど、ほんとにやさしい人間で助けられた。「特訓」と称して、ドラムとベースだけでスタジオ練習したのはバンドを強くするためにとても意味があったと思う。ありがとうやっくん。やっくんは攻守のど真ん中って感じ。
高野くんは先に卒業していった。そして、カニくんと初めてスタジオに入ったら新しい音がして興奮した。とりあえずスネアをまた買わなきゃと思って、ハードオフで3000円くらいのゼンオンのスネアを買った。ここからまたスタートしなきゃという気持ちになった。「クレイなジー」はそういう意味で、新しいバンドのアルバムだと思っている。アレンジは苦労したけど楽しかった。改めて聞くと再現の難しい絶妙な演奏で、緊張と味があって「あの時」しか出来ない感じがする。そして、カニくんのギターはめちゃくちゃ攻めるかと思いきや、しっかり死守している感じというか、とにかく面白いギタリストで触発されまくった。
そういえばドラムに関しては、スネアは買ったものの結局吉祥寺GOKにあったラディックのスネアが凄く好きな音で、それを使わせていただいた。レテパの作品の中で、このアルバムはいわゆる名盤と思っている。
さて、やっと「エンデンジャードスピーシーズ」だが、初めて同じメンバーで2枚続けて録音したことになる。そのためか、割とすぐアレンジは出来上がっていったっけ。何となく自分がアレンジについて積極的になった時期のような気がする。「島崎智子へ」という曲はかなり突っ込んだアレンジで、ドラムもよくこんなの思い付いたな、と思えてすごく気に入っている。そしてこのアルバムでユキコさんは卒業したが、ストイックな鍵盤で感服する。どちらかと言うと、タイム感は自分のドラムよりユキコさんに委ねてしまっていたのかもしれない。
鍵盤が変わるということは、かなり大きな変化だと思うが、ちゃんとした後継者として次に南さんが入ってくれた。これほど曲数があるバンドに途中参加するにはなかなか勇気がいる。なので南さんは最初から攻めている。
「RADIO LETEPA」の頃は、自分自身の生活も変わってきてなかなか専念できず、またバンドとしても次の産みの苦しみみたいなものがあったような気がする。でも、結果的にはあっけらかんとしたアルバムで、単純な楽しさがある。「激めん」とか、これが正気で出来たのが不思議に感じるアレンジだったりする。また個人的なことになるが、このアルバムのレコ発には友部正人さんが出演してくださったが、友部さん大ファンの我が母に、死ぬ前にライブハウスで見せられたことに関しては、本当にひろしくんさまさまである。大感謝。
そして「夏のアルバム」である。レテパとしては、初めてのコンセプトアルバム?という作品。とにかく、ひろしデモを聞いた時点で私の中では「そばにいる」という曲が大事だったので、アレンジは納得するまでやりたかった。うまくいかない苛立ちも出てしまったけれど、何度も組み立て直して完成した時の嬉しさはひとしおだったし、自分がレテパのメンバーだという実感が今更ながらあった。このアルバムが出来たとき、ユキコさんが「最高傑作を作ったね」と言ってくれたのですごく報われた気がした。きっと、ひろしくんのどんぶりに、カニくんとやっくんと南さんと私がちゃんと乗っかったのだと思えた。
ということで、「おるたな」だが、これはもう頑張った。みんな頑張った。たぶんみんなそれぞれ大変だったと思うが、特に自分は表面的に大変さを出してしまったようで申し訳ない。いや、しかし良いアルバムを作って終われた。「ホンダ」のドラムなんて、無意識の境地で、導いたのか導かれたのか分からない感じがある。「若いバンド」も、自分らしくないアプローチで叩けたのがよかった。そこまで出せたんだと。やっと私もいちドラマーだな、と確かに思えた。あと、このアルバムではグレッチの薄めのスネアを使ったのが、個人的にオルタナ感。
最後に、過去(自分が入る前)の曲をやるにあたってアディーさんのドラムは録音物でしか聞いたことがなくて、いつも比較対象として頭にありはしたが全然同じようには叩けず、まあそれでいいかとも思っていた。アディーさんは点が均等できれいで、もちろんグルーブがある理想のドラム。自分は感情的でムラのあるドラムなので同じようには出来ないと諦めていた部分もあるし、求められてはいないとも思った。でも、去年くらいにやっと「見知らぬ青年との会話」は原曲に近づけたニュアンスで叩けた気がしたのは嬉しかった。
というわけで、長々と書いてしまったが、これで私は僕のレテパシーズを卒業します。ひろしくん、やっと次のアルバムを聞けるのが、わくわくしてきたよ。
新しいドラマーにバトンを渡します。
関口萌
PS.結成15周年ワンマンの映像を公開します。
我々の最後のレテパシーをご覧下さい。
11thアルバム「おるたな」の通販、大変お待たせしました。
本日よりスタートさせて頂きます。
↓
https://yoruninamaeo.theshop.jp/
配信リリースの方は昨年の12月、15周年ワンマンの予約が少なくて絶望して「ええい!音はもうあるんだ。配信だけでもリリースしてしまえ!この大名盤が出れば予約激増するだろう。逆に増えなければそれはそれで諦めもつく!それなら客席ガラガラでもむしろ気分が良いわ!才能がなかったんだろ!聞く方に!」と緊急リリースしてしまいました。
そしてその後、公私共にまた色々とドタバタしてしまい、こんなに時間がかかってしまいました。
毎度毎度ですが、俺が一人でCD焼いて、切ったり貼ったり包んだり、発送までやっているので、注文から到着まで少し時間がかかる場合があるかも知れません。
のんびりお待ち頂けたら幸いです。
あと、アルバムにコメントを書いて頂きました。
曽我部恵一さんのコメントです。
さすがに、何も書かないのも不自然だと思うので、経緯を。
7thアルバム収録曲に「So.Ka.Be」という歌がありますね。
この7thアルバムを録音していた頃、6thアルバム「アコースティック」がリリースされました。
その6thアルバムを偶然、曽我部さんが聞いてくれてたらしい。
レテパの録音をしてくれている馬場友美は、曽我部さんとも仕事をしているので、ちょうど「So.Ka.Be」を録った直後に曽我部さんから「馬場ちゃん、僕のレテパシーズって知ってる?」と言われて、びっくりして「え!?バレた?」と思い、思わず反射的に謝ってしまったらしい。
もちろんリリース前なので「So.Ka.Be」の事など、曽我部さんは知るはずもないのですが、あまりにもタイムリーで馬場ちゃんは大動揺してしまったらしい。
そして、今自分がレテパシーズと「So.Ka.Be」という歌を録音している事もちゃんと伝えたらしいのですが、怒るどころか、その後の7th8th9th10th11thとずっと聞いてくれていたらしく、今作11thも褒めてくれていたという噂を聞いて、俺は嬉しくなって、コメントをお願いしたのでした。
前から俺は、なんで文学やお笑いの世界とかは、あんなにも新人発掘に真摯な姿勢なのに、音楽は断絶しているのだろう、と思っていた。
今も思っているし、この状況を変えたいと強く思っている。
俺の好きな昭和初期の文壇みたいに、大御所も中堅も新人も同じ土俵に立つべきだと思う。
もっとイカレてて、誰もが命を全使いしたくなるくらいやり甲斐のある、ドキドキするような音楽の世界に変えたい。
俺は、バンドを脱退する人や、解散するバンドを見ると「そりゃあもっと素晴らしい世界で遊びたいよな。」といつもフラれたような気分になるのです。
なので、こんな無名なレテパシーズを曽我部さんが聞いてくれていた、というのは励みになりました。
本当に嬉しいし、音楽界の鑑だと思う。
ありがとうございました。
という訳で、良かったらCD通販ぜひぜひ。
俺は細かい作業が苦手なので、梱包雑でも許してね。
毎作CD楽しみにしてくれている方々、お待たせしてしまいすみませんでした。
信頼の上、甘えさせて頂きました。お許しを。
2026年3月2日
古宮大志
PS.お休みしている関口萌の事、また来週ちゃんと書きます。
1月2月はみんなで色々話し合いました。
PS.自分のお守りみたいな物なので、今年も書きますが、2月6日で断酒7年になりました。おめでとう!
もうさすがに飲酒欲求はありませんが、それはこの大冒険を維持出来ているからなのです。
素晴らしいライブ、素晴らしい作品、を継続する為には断酒あるのみ。
なので、バンドが壊滅したら、多分沖縄あたりで浮浪者になって飲むでしょう。
泡盛とオリオンビールをゴクゴクと。まるで水のように。
だから前進あるのみ。
最近のノンアルビールは見た目も本格的なので、ライブ中にノンアル飲んでると「あ!酒飲んでんじゃん、、!」と勘違いされる事があります。
7年間一滴も飲んでませんよ!えらいのです。

PS.この、CD飾るやつ。ついにあと1枚で完成です。
全12枚が埋まる時、何かが起こる気がしてます。
なんだかそんな気がするのです。
子供の頃のドラクエごっこの財宝探し、みたいな気分だね。
三つ子の魂百まで、は本当な気がする。
今は、冒険ごっこ、じゃなくて、本当の冒険で子供の頃よりも楽しいよ。
三つ子の魂百まで、、1週間に1度くらいの頻度で遊んでいる、俺の息子もうすぐ3才だな。(離婚したので別居している)
最近は親分感が出てきて、俺の事を子分のように扱います。
「シロシー!サイゼリヤ行こうかー!」とポッケに手を突っ込みながら誘って来ます。
青豆のサラダとコーンピザのコーンとチーズの部分しか食べないので、俺はいつもただのピザ生地を食べさせられています。
それでも親分なので、上から目線で「食べてもいいよー」と汚いただのぐちゃぐちゃの生地を俺の口に突っ込んできます。
昨日はレテパメンバーで集まり12thアルバムの10曲のコード確認をしました。
カニは特にこういう作業が好きみたいで、活き活きと楽しそうに色々コードを提案してくれました。
12thの10曲は息子の歌も多いのです。年内には絶対に出したいです。
ではまた来週。色々報告します。
何もかも覚悟の上での大冒険なので、全て大丈夫。
ご心配なく。変わらず行くのだ。
2025年12月12日リリース
11thアルバム「おるたな」
1.ホンダ
2.さよならの合図
3.the world is mine
4.愛してる
5.SAIL AWAY
6.若いバンド
7.真鶴漁港
8.岩見沢デパート変遷史
9.おるたな
10.次回予告なホーリーナイト
僕のレテパシーズ
Vo.古宮大志
G.カニユウヤ
Key.菊竹南
B.ヤハタトシキ
Dr.関口萌
録音/ミックス/馬場友美
マスタリング/中村宗一郎
東高円寺ロサンゼルスクラブ(2025.6.12)
西調布Studio REIMEI(2025.7.8)
西荻窪Rinky Dink Studio(2025.8.28)
アルバムリリースから1ヶ月が経ちました。
この1ヶ月の間にも色々あったなあ。
どうもレテパシーズは激動癖がある気がするが、まあそれだけ困難な山登りをしているのでしょう。
ちょっとまだ書けない事もあるのですが、変わらずに登るのでご安心を。
頂上から眺める景色はきっと、懐かしくて新しくて過去も未来も全て見渡せるあの感じ!なのでしょう。
覚悟の上、信頼の上、ちゃんと全速力でがんばれてるはずだ!
大丈夫大丈夫。レッツゴー!
というわけで、11thアルバム全曲解説です。
11thの歌の作曲時期は2022年6月28日〜2023年4月11日。
断酒から3年が経ち、基本的に飲酒欲求も完全に消え、高円寺のユキコの祖父母の築60年の空き家でのんびりと暮らしていた頃の歌達です。
2023年の5月には子供が産まれる予定だったので「これが父親になる前の最後のアルバムかあ。」とも思っていました。
そしてタイトルの「おるたな」
10代の頃に見た音楽ビデオの冒頭に「alternative」という字幕が出ていて、漠然と「オルタナ」というのはさぞかし偉いんだろうなあ、と思っていました。
札幌にも数年間住んでいたので所謂「札幌オルタナバンド」にもよく会いました。
でも、過去のレジェンドと言われる日本のオルタナバンドの「名盤」を聞いても、いつも何かが足りない気がして、そこまで感動出来なかった。
なので、いつか自分でオルタナアルバムを作りたいな、という思いがありました。
音楽ジャンルをトランプのように格付けするのならば、、
1.パンク
2.ブルース
3.ロックンロール
4.フォーク
5.ジャズ
6.その他
の順で強い気がするのですが、オルタナだけはジョーカーで、問答無用の最強のイメージ。
果たしてレテパのおるたなはオルタナになれたのでしょうか?
皆さん聞いて判断してね。
前作「夏のアルバム」は全曲夏の歌というコンセプト。
今作はレテパなりの「オルタナ」というコンセプト。
なので、コンセプトアルバムが2枚続きました。
でも、次作12thの10曲は何もコンセプトの無い普通の歌達ですのでご安心?を。
ではでは、全曲解説レッツゴー!(こういう解説の時に自分は作家寄りになってしまう傾向にあります。なので歌が出来た経緯を書きがちです。もっと録音秘話!とか音の事については今度他のメンバーに書いてもらおうかな!なんて今思いました。誰かに頼んでみようかなあ)
1.ホンダ(2023年4月11日作曲)
この頃、映画館で「パルプフィクション」が爆音上映されていたので見に行った。
可愛いフランス女が自分の車を壊されて「私のホンダはどこ?ホンダは?私のホンダを返してよ!」と騒いでいて、字幕にホンダホンダ出ているのを見ていたら、昔の友人ホンダさんの事を思い出して、確か翌朝?この歌が出来た。
ホンダさんはレテパシーズナンバーでもお馴染みの人で「MOON PALACE」の店主。
そして「愛は風景」の2番の歌詞は彼女からのメールを元にしています。
20才の頃の数ヶ月、半同棲みたいな感じで、俺は10才年上の彼女の事が好きだった。
ホンダのホンダで小樽や石狩の海へよくドライブしてた。
いつも通り、他の歌もほとんどテイクワンだが、この歌は特に「一日一回しか演奏出来ません。なのでもしNGテイクならば、次の録音日にまた演奏しましょう。」と決めていた。(結果は無事に一発OKでしたが)
今作は3箇所で録音した。
場所とその日録る歌はカニユウヤが選定した。
ホンダは元々8曲目の予定だった。
俺の宅録デモでも8曲目になっている。
でも気付いたら自然と1曲目になっていた。
パルプフィクションついでに書くが「クレイなジー」に出てくるハニーバニーという歌詞は、パルプフィクションに出てくるおしゃべり強盗の名前がハニーバニーで、近所の野良猫が毎朝ハニーバニーそっくりな声で騒ぎ立ててうるさいので、その猫にハニーバニーという名前を付けて呼んでいた。
それがクレイなジーに出てきた。という訳です。
2.さよならの合図(2022年11月2日作曲)
2019年の断酒治療以降、俺はバイトもしてなくて、近所に住むユキコの祖母のお世話をして、小遣いを貰って暮らしてた。
お世話といっても、俺は老人と話すのが好きなので、ただ遊んでいた感覚だったが。
彼女は俺が歌ってる事など知らなかった。
俺も説明しなかった。不要だったので。
きっと無職のプー太郎だと思っていたのだろう。
ある日、ばあさんの部屋でハーモニカを見つけたので、吹いてあげたら、妙に吹ける俺を見て「ねえ、どうしてそんなに上手いの?」と少し不審がっていた。
足腰は悪かったが、ボケておらず、話も面白かった。
戦中に勝浦で教師をしていた頃の話、昔の恩師と無理やりお見合いをさせられた話、早くに夫を交通事故で亡くして女手一つで子供達を育てた話、花や天気の話。
今、久し振りに思い出したが、本当に透明で良い時間だった、と思う。
もうすぐ産まれるひ孫のエコー写真を見ながら「ほら、これがちんちんだから男だよ。」なんて説明してあげて、大層楽しみにしてたのに、ひ孫の顔を見る前に、ある日突然死んでしまった。
そして次の日この歌が出来た。
いつも全ての準備が出来てしまっているのだと思う。
だから、何かがあるとすぐに歌は出来る。
3.the world is mine (2023年2月6日作曲)
築60年の高円寺の一軒家、古いトタン屋根に落ちる雨の音が好きでした。
2階の俺の部屋には大きな窓があって、暖かい日にはいつも野良猫が昼寝してました。
その中の1匹は家にも入るようになって、気が付いたら一緒に寝る仲になっていました。
このデモを録っている時も、窓の外でニャーと呼ばれたので、窓を開けて入れてあげたら、演奏中に鍵盤を踏まれたので、その音がデモに入っています。
そのドンダンダンという不況和音はとても良い感じで、まさに「the world is mine」という音だったので、メンバーにも「この感じを出したい!」と伝えました。
ちゃんと出たと思います。
アコギはカニが弾いています。
録音直前に、ひょんな事から手元にやって来たアコギがありました。
40年以上弾かれずに眠っていたそうです。
弾いて欲しそうな顔をしていたので、カニに渡すと弾いてくれました。
7thアルバム以降、楽器と通じ合えるようになりました。
11thは、お馴染みの足踏みオルガンで出来た歌も数曲ありますが、ほとんどはグヤトーンの古いビザールギター、で出来ました。
さっさと俺にオルタナやらせろよばかやろう、とグヤトーンに言われてる気がしました。
このグヤトーンは昔バイトしてたリサイクルショップで手に入れたギターでした。
メロディーと歌詞は同時に出来るタイプです。
歌は朝起きた瞬間に出来る事が多いです。
起きた瞬間じゃ無い場合もあるけれど、ほとんどが朝です。
午後に出来る事は全く無いんじゃないかな。(断酒後の7th以降の話です。1st〜6thは酔っ払ってるからか昼夜関係ありませんでした)
3分の歌が3分で出来る事もあるし、時計を見たら1時間経っている事もありますが、最初から最後まで一切気持ちが離れていない状態で終わらせます。
途中で余計な事は出来ないので、お腹が空いた時の為に、いつもカロリーメートを手元に置いておくようにしています。
今書いている文章なんかは、書こう、と思って書けるのですが、歌はコントロール出来ません。
いつ始まるかは自分でも全く分かりません。
17才の頃、歌を作ろうとして作るとなぜか絶望的に死にたくなったので、それ以来「歌を自分から作ろうとするのは絶対に禁止!この絶望感はマジで死ぬぞ!」と固く心に誓ったのでした。
最近ある詩人の対談集を読んで納得したのですが、俺は左脳では無く、右脳で歌を作っているようです。
右脳のお筆先を使って過去未来全ての時間軸を手に入れた状態で書いているので、出来た歌を次の日という現実の中で思い出そうとしても何も覚えていないのです。
だから出来たらすぐに録音する事にしています。
そのせいで、俺の宅録デモの音源の声はいつも寝起きのガラガラ声なのです。(12thの制作資金が全く無いので、近々12thのデモも売る気がします。好きな人はお楽しみに)
歌詞の「推敲」というのは一切やりません。
やらなすぎて「推敲」という言葉も知りませんでした。
最近読んでる本に出てきて、そんな変な言葉初めて知りました。
タイプがあると思うので、推敲をして素敵な詩を書く人もいるのでしょう。
でも俺にとって推敲は、過去未来全ての時間軸への冒涜です。
一つ推敲すれば、タイムパラドックスのように、全ての世界が壊れてしまうでしょう。
ああ、そうか。だから死にたくなったんだな、17才のあの時に。
今、分かりました。大納得。
4.愛してる(2022年6月28日作曲)
この頃、初めてサブスクで音楽を聞くようになり、知らないかっこいいバンドを見つけるのが喜びでした。
1年に2〜3組くらいしか見つからないが、見つけるとそのバンドの歌ばかりを繰り返し聞いてました。
そんな中、見つけた「SEAPOOL」というバンドが素晴らしく、ずっと聞いていて、ある日ついにライブを見に行った。
今にも壊れそうなそのバンドは、案の定すぐに壊れてしまい、ライブを見たのはその日が最後になった。
「Low pop baby」と「Schizo Flare」という歌が特に好きで、何度も何度も繰り返し聞いていた。
海が見えるところでも、空港の待合ロビーでも。
あと「T君の夏の歌」のT君の要素も少し入ってると思う。
20代の頃に音源文通をしていた札幌のT君。(俺は川崎の稲田堤に住んでいた)
部屋の掃除をしていたら、彼のアルバムが目に止まり、歌詞を読んでみた。
すると、メロディーを忘れてしまっていて、どんな歌か分からなかった。
あんなに聞き込んでいたのに、、恐るべしアル中後遺症の前頭葉、、と、びっくりしながらも、メロディーの無い彼の歌詞が俺への手紙のように思えて、微笑した。
あの感覚もこの歌には入ってると思う。
この頃は完全に「おるたなモード」だったので、今思うとどうしてこんなコード、メロディーになったのだろう、もう絶対に作れないな、という歌が多いです。
デモをメンバーに渡すと、完全にイメージ通り、に完成します。
これはおそらく、メンバーに完璧に呼応した状態で俺が作曲しているので、そもそも作曲の時点でメンバーの音の絶対的影響下に住んでいるからでしょう。
まさに以心伝心。いや、一心同体、というべきか。
もうこんなアルバムは一生作れないと思うよ。
5.SAIL AWAY(2023年1月7日作曲)
2009年頃かな?
その頃住んでいた稲田堤のアパートの軒下から困っている猫の声が聞こえた。
出ておいでー、と呼んでも全然出てこないので、部屋にいた飼い猫を連れて来て、一緒に呼ぶとついに出てきた。小さな黒猫の赤ちゃんだった。
真っ黒なので、出した舌のピンク色が映えてまるで帆立貝のようだ、とその頃同居していた古宮夏希が言ったので「帆立」という名前になって、一緒に暮らす事になった。
それから10年以上が経ち、帆立もだいぶ老いてきた。
少しボケ始めてたかも知れないが、高円寺の家で平和に暮らしてた。
2022年11月11日、8thアルバム「エンデンジャードスピーシーズ」のレコ発ライブをしに、俺は深夜車で大阪に向かった。
その数時間後、帆立は俺を探しに行ったみたいで、外に出ていつもとは違う環七の方向に歩いて行ったらしい。
大阪から帰ってくると、帆立はおらず、探しに探して、ついに新高円寺の交番にいたのを見つけた。
お巡りさん曰く、環七で轢かれて死んでしまい、見つけた時はカラスに少し食べられていたらしい。(そのせいだろう、それから数週間、近所のカラスの珍行動をたくさん見た。帆立の可愛い呪いだと俺は思っている)
「SAIL AWAY」は出航という意味です。
あの日から俺は帆を立てて出航している感覚です。
歌詞の通り、世界は滲んで虹色に見えています。
帆立のおかげで強くなれたと思うよ。サンキューホタ。
彼女のあだ名は「第一夫人」でした。
お前が一番。愛してるよ。
6.若いバンド(2022年7月16日作曲)
2000年から歌っているが、25年間で5ターンくらい同じ光景を見ている気がする。
若いバンドが疲弊して消えていく、あのお馴染みの光景を。
そしてそこにはいつも「おっさんのマネージャー」が立っていたのです。
43年間生きてきたが、一番最初に大影響を受けた作品はレオレオニのフレデリックだと思う。
幼稚園の頃かなあ?あのネズミのやり方が一番本当の生き方なのだと思い、いいぞいいぞ!としっくりきた記憶がある。
そして、おかげさまで今でもしっくりきています。
歌詞に「恐らく2年後の2024年」とありますが、2025年になりましたね。
バンドが崩壊しないスピードで加減して進むと、アルバムは1年に1枚のペースだと気付きました。
この歌が出来た時はまだ気付いていなかったみたい。
7.真鶴漁港(2023年1月12日作曲)
この頃、NHKの大河ドラマで、源頼朝をやっていた。
テレビを付けると、ちょうどドラマゆかりの地を紹介する番組がやっていて「真鶴の頼朝が隠れた穴」が映っていた。
2019年、断酒して半年が経ち、やっと少し落ち着いたので、シラフで初めて旅行した。
真鶴漁港のスピーカーからはなぜかニールヤングが流れてた。
近くの店舗のスピーカーとかでは無く、漁港の古いメガホンスピーカーみたいなやつから流れてた。
あれはなぜだったのだろう?すごく違和感のある光景だった。
ニールヤングと、閑散とした漁港にいた一組のヤングカップルの感じが、とてもシュールで今でもハッキリ覚えています。
この歌、ギターを重ねているのですが、ヤハタが弾いています。
カニが「ギター重ねたいイメージがあるのですが、ヤックンに弾いてほしいです。自分よりヤックンの方が得意な感じのギターなので。」と言った時の、ヤックンの嬉しそうな顔は、ヤハタトシキ史上嬉しい顔ランキングベスト3位には入るんじゃないかな?
それくらい嬉しそうな顔をして「え!?俺?俺でいいの?本当に?やったー!」という感じでした。
あれはなかなかの名シーンだった。
8.岩見沢デパート変遷史(2023年3月30日作曲)
2才から13才までは北海道南空知の月形町に住んでいました。
車で30分のところにある岩見沢市というのが、一番近い都会でした。
その岩見沢のデパートの変遷史です。
NOVAというのは英会話のやつでは無くて、生協が作った大型デパートです。
歌に出てくる「あのこ」は高校生の頃のガールフレンドの林さん。
この頃帰省して、駅の観光案内所で「すみませーん、観光客ですけど、お昼ご飯食べれそうなお店ありますー?」と聞いたら「いや、観光客じゃないよね。古宮君だよね?」と言われてビックリしたら、それが林さんでした。
で、彼女の事を思い出してたら出来たんじゃないかな?
彼女は観光協会で働いているらしく、岩見沢のゆるキャラ「いわみちゃん」の中に入っているそうです。
いわみちゃんはタマネギの妖精?なのかな?
出たての頃は、股間にタマネギの毛が生えてて陰毛みたいでぶっ飛んでて素敵だったが、今は脱毛したみたいで、普通のかわいいキャラクターですね。
2ndアルバム「愛してるよ」収録の「夏のしっぽ」の「君」も林さんです。
タマネギ農家の娘だったので、タマネギ畑の中を自転車漕いで走ってた。
あれから2人の子供を育てて、今も変わらず地元に住んでいるのです。
いつか、あの要塞のようにでかいイオンにも、最後の日は来るのだろうか?
※「ナカノタナ」は今も名前は残ってるみたいだが、リニューアルされてて全然違う
※「金市館」は当時北海道に展開してたデパート
「北の国から」でも、東京で純と蛍が履いていた汚い靴を捨てられた時の回想シーンで「この靴は富良野の金市館で父さんが買ってくれたもので、、」みたいなシーンがあり「おー!!!!金市館!!!!富良野にもあったんだ!!!」と感動した記憶がある。
2005年、上京したばかりの頃、極度のホームシックになり、北海道関連の本や映画やドラマを見まくっていた時期がありました。
9.おるたな(2023年2月12日作曲)
一番好きな木は?と問われたら「5月の白樺」と答えます。
一番好きな花は?と問われると、一つに絞るのは難しいけど、次作12thアルバム収録曲の「春の花」という歌で好きな花の名前を羅列しています。
エゾエンゴサク、フクジュソウ、ヤチブキ、カタクリ、ミズバショウ、フキノトウ、ニリンソウ。
まあ全て故郷の春の花ですね。
あの光っている感覚が俺のオルタナ感覚なんです。
さあ無事にオルタナアルバムになれたかな?
10.次回予告なホーリーナイト(2023年3月29日作曲)
2010年のクリスマスイブ。
下北沢の五差路(信号には代沢三差路と書いてるが、俺には五差路に見えるので、五差路でいいのです)の前のセブンイレブンで、見ず知らずの女に声をかけられた。
それから12年が経ち2人の間には子供が産まれました。
次作12thアルバムからは父親以降の作曲、それを意識した1曲ですね。
俺は10代の頃、他人の「父になった後の作品」に感動する事が多かった。
それはきっと「こんな滅茶苦茶で大変そうな人も、いずれは落ち着いて、こんなにも素晴らしい作品を作れるのか。俺もいつかそうなれたら良いなあ。」という不安定な10代の切実な思いだったと思います。
なので、自分もついに次作は父か!
と張り切っていましたが、離婚して、新しく出来た恋人の歌なんかも入り込んできて、12thアルバムは色々盛り沢山になってしまいました。
でも、名盤になると思う!
11thを超えるのは大変だと思うけど、力を合わせてがんばります。
以上、11thアルバム全曲解説でした!
2026年1月14日
古宮大志
PS.「おるたな」のCD通販はもう少しだけお待ちを、、
すみません、、がんばってます、、お許しを、、
PS.スペシャルサンクスで田中万智さんの事も書いておきます。
英語のタイトルを彼女が考えてくれました。
「A Goodbye Signal」ってかっこいいね。
「さよならの合図!(A Goodbye Signal!)」って漫画の必殺技になりそうな名前で素敵。
1.Honda
2.A Goodbye Signal
3.The World Is Mine
4.I Love You
5.Sail Away
6.The Young Bands
7.Manazuru Fishing Port
8.The History of the Department Stores in Iwamizawa
9.Alternative
10.Holy Night with Next Episode Preview
PS.次回のレテパライブは1/31のⅡララ企画です。
「世界は淡くてどこか水のよう」というタイトルは「阿久和川」という歌の歌詞です。
先日、Ⅱララの初ライブ映像も全編公開されました。
二宮ユーキ映像で素敵ですよ。
同日のレテパの15周年ライブも公開準備中です。
36曲の歌詞入れをお願いしてるので、まだまだ時間はかかりそうですが。
ではでは、2026年、我々の何もかもをお楽しみに!
今年もよろしくね!









