News

新ドラマー佐藤碧唯が加入してから、3月は3回スタジオに入りました。
内容は全て12thアルバムのアレンジです。

1.渋滞
2.12月1日
3.ひだまり
4.経堂駅
5.悲しい夏の一日
6.荒玉水道爆走中
7.春の花
8.ラララポートモノレールブルー
9.教えてあげたい
10.楽しかったから

このアルバム、タイトルは「最後のアルバム」に決めていました。
ここで終わるような気もしてたし、終わらないにせよ、12thで中期レテパは終わり、13th以降は明確に後期レテパだな、と思えていたので。(1st〜6thが初期ね。もっと書くと、1st2ndは初期の前期の安定期。3rd4thは初期の中期の壊滅期。5th6thは初期の後期の回復期。「え!?2ndのどこが安定期!?」とのヤジが聞こえてきそうですが、、まあ2ndは「安定期が終わる最後の41分間の実況中継ドキュメント!」が正解かな?しかも3rd4thは後年ボーカル録り直したから、壊滅感は無いかな?いや流石にあるか、、うーむ)

が、12thもしかしたらタイトル変えるかも?
2曲目の「12月1日」という歌の歌詞の「そり遊びのような旅に出る」というのが12thのタイトルに相応しい気がしてきています。
相変わらず気が早いかもですが、気が早い時は自分は調子が良い時なのです。
なので絶好調!という事で、今後もレテパシー通信にお付き合い下さいね。

昨年始めた俺の新バンド「Ⅱララ」がnoteというページで「ⅡララⅡしん」というのを始めたのですが、これに毎週金曜日に文章を書く事にしました。(月曜はVoの鈴木りさ、金曜は古宮大志)
こうなると、レテパシー通信の方ももっと書かなきゃ、と思いまして、そのためには曜日を決めて強制的にでも書こう!と決意しました。

レテパシー通信は今後「毎週水曜日更新」にしようと思います。

前にも書きましたが、レテパ、Ⅱララ、で音楽の世界を変えたい。
俺は2024年の冬、最高傑作「夏のアルバム」を出したあたりで一つ絶望したのです。
「これは本当にこのまま終わるのかもな」と明確に終わりのイメージが湧き始めました。
それだけ10thは自信作だったのです。もう打つ手が無いな、と。
でも、Ⅱララが現れて、希望が湧いてきた。
Ⅱララをやる事により、レテパはどこまでも自由になれる気がするのです。
「音楽界の登竜門担当」と「レテパのライバル」を同時に自分で作ったみたいな。
例えは古いが、いつかビビアンスーと千秋のブラビポケビみたいな関係になれたら楽しいね。

ついに自由になったレテパシーズは現在以下の2つに爆進しています。

①12thアルバムのアレンジ
②5/29佐藤碧唯登場フリーライブ

とにかく今はフリーライブをお楽しみに。
12thは年内に出すのが目標。
ではまた来週!水曜日に会いましょう。

2026年4月8日
古宮大志

PS.10th「夏のアルバム」のレコ発ライブは開催しませんでした。
「やるとしたらあれしかない!」という第一希望が実現出来なかったので。(いつか実現させます。絶対に。)
でも11th「おるたな」レコ発ライブは普通にやるつもりでした。
関口萌が多忙で、アルバム制作とライブは並行不可だったので、12thアルバム録音が終わった頃の2026年の秋かなあ、なんて漠然と考えていました。
でも、ハジメちゃんが抜けたので、どーしようか、と思っていましたが、多分やります。9月くらいに。
佐藤碧唯はまだまだ覚醒前ですが、その頃には大覚醒して11thの歌達もアルバム以上にレテパシー大爆発なドラムを叩けるはず。
まあ、フリーライブの時にはもう覚醒してる予定ですけどね。
俺は他人を覚醒させるのが得意なのです。

PS. こちらにⅡララ関連のページをまとめてみました。
今後はレテパの「プロフィール」のページからもⅡララに飛べるようにしておきます。
あと分かりやすいように、レテパのライブのページに、俺のソロライブ、Ⅱララのライブ、の予定も載せておこうと思います。
ここからは明確に共闘モード。
楽しい危険な大冒険。どうか信じてね。よろしく。

予約不要よ!全員参加でよろしく!

新ドラマー、佐藤碧唯が加入します。
どんなもんか、まずはとにかく見てもらいたいです。
なので、お披露目フリーライブを開催します。
常連さんも、久し振りさんも、初めましてもカモンカモン。

2026年5月29日(金)
東高円寺ロサンゼルスクラブ
「新ドラマー佐藤碧唯登場!」
19時00分オープン
19時30分スタート
※入場無料(1Dオーダー)
※予約不要

出演
大泉咲
僕のレテパシーズ



レテパシーズは16年目に突入して、次作12thアルバムのアレンジもスタートしました。
過去作11枚全て名盤だと思ってるけど、12thは特にすごいと思う。
この12thならば、大名盤の11th「おるたな」を超えられるかも知れません。
最近ライブを見れてない人にも、今のレテパシーズを見てほしい。
なので、赤字覚悟でフリーライブにしちゃいました。
予約も不要です。この機会にぜひ。

2026年3月26日
古宮大志

PS.大好きな大泉咲がゲスト出演してくれます。
彼女のソロアルバム「一人っ子計画」をみなさん聞きましたか?
ぜひ聞いてから来てね。素晴らしいので。(1曲目から13曲目まで、どんどん明るい光が刺してくるような曲順になっているのです。なので曲順で最初から聞いてみてね。きっと救われるはず。俺は救われたよ。もちろんTHEドイも犬丸二もサイコーなので彼女の全てをぜひ!)

PS.佐藤碧唯について書きますね。
サトウアオイと読みます。
1月のⅡララ企画でサポートで叩いてくれたアオイムシと同一人物です。
名前がアオイなので、芸名が「アオイムシ」だったらしいのですが、俺は本名を聞いてなかったので、ずっと「青い虫」だと思い込んでいて、青い虫なんて見た事無いなあ、青いトンボなら月形にもいたし親しみがあるけれど、、とその芸名にあまりしっくり来ていませんでした。
が、ある日本名を知り、あ!そういう事か!と大納得。
でも、本名の佐藤碧唯がとてもカッコいいので「とにかく碧唯という名前は佐藤との相性が抜群に良いと思う。今までの人生で出会った佐藤の中でダントツに佐藤が輝いて見える。こんなにも佐藤がカッコよく見えたのは生まれて初めてだ。これが古宮でも菊竹でも八幡でも嘉仁でも全然ダメ。碧唯には佐藤しかないし、佐藤には碧唯がベストだと思う。視覚的にも音の響き的にも!」と早口で捲し立てて大洗脳して、この度めでたくアオイムシから佐藤碧唯に生まれ変わったのでした。

彼女は昨年末の15周年ワンマンのライブで初めてレテパを見てくれたのです。(以前レテパシー通信にも登場した、ロサンゼルスクラブPAのイッテツ君が連れて来てくれてたらしい。このバンドを知らないのは罪だ!モグリだ!と)
そして無事に大感動して悔い改めてくれたという話を聞いたので、Ⅱララ企画でのサポートをお願いしたのでした。
そのⅡララ企画の数日後、正式なドラマーとしてのオファーをしに、彼女の実家の目の前の幼少期から遊んでいたという公園のベンチに座り、1時間ほど2人で話しました。
何を話したのかはあまり覚えていませんが「夜の公園のこの感じ、高校生の頃のようで懐かしいなあ!」と思ったのを覚えています。
一瞬で高校生の頃に戻れたのだから、確実に素晴らしい1時間だったのでしょう。
きっと佐藤碧唯も同じ気持ちだったはず。
なので、無事に正式加入決定。

ギリギリセーフだったけれど、ライブ見れて良かったね。
加入しちゃったらもう見れないもんね。
あの15周年ライブが最初で最後のレテパシーズでもう永遠に見れないと良いね。
解散までこの5人で行きたいよ。
ハジメちゃんや他のみんなの分まで、全人生をレテパシーズに使う事を誓います。
最高の人生で楽しいな。いつも自然と笑っちゃうんだ。

では、5/29に会おう!

関口萌と古宮大志が文章書きました。
まずは古宮大志から。

昨年末から椎間板ヘルニアでお休みしていた関口萌ですが、僕のレテパシーズを脱退する事になりました。
誤解されないようにハッキリと書きますが、ヘルニアは少しづつ良くなってきています。
なのでドラマーとして絶命した訳ではありません。
あんなに素晴らしいドラマーなので、いつか他のバンドでも叩いてる所を見たいです。
じゃあ、なんで脱退するのか、というと、これは病状とは関係ありません。
確かに一つのきっかけにはなりましたが。

ハジメちゃんは以前から「若くて良いドラマーが見つかったら、引退して席を譲りたい」という言葉を、事ある毎に発していました。
多くは書きませんが、彼の私生活が多忙過ぎて、弱っている時に発せられる事が多かったと思います。
俺はその度に悲しくなり、いちいち感情を揺さぶられていました。

俺とはまたタイプは違いますが、ハジメちゃんの生活も大変そうで、1年に1枚アルバムを出す、という今のレテパシーズのペースに合わせるには、どうしてもライブを削らなくてはならず、ここ数年は年に数回しかライブを出来ていませんでした。

それでも、騙し騙しここまで来ちゃいました。
なぜなら、ここ数年の少ないながらも行ったライブの全てが素晴らしかったし、最高のアルバムを作り続ける事が出来ていたから。
それが我々の全てでした。

今回ヘルニアでお休みになり、一度足を止めて、みんなと話し合いました。
タイミングよく「良いドラマー」も現れてしまったので、たくさんたくさん話し合いました。
そして、決断する事にしました。
今決断しないと、このバンド、手遅れになって、終わるぞ、と、本能が言っている気がしました。
まだ腐ってはいないけど、この状況がまだまだ続いたら、本当の手遅れになるぞ、と。

もっともっとライブをしたい。もっともっと作品を作りたい。
手加減せずに、人生の全てをレテパシーズに使いたい。
このバンドはこんなうだつの上がらない状態で、何年も放っておいてはいけないバンドだと思うのです。
ライブと作品が研ぎ澄まされまくってしまった今の状態は、逆に諸刃で折れやすい状態だとも感じるのです。
もっともっと速く走りたい。全然無理なんかしていない。
光速じゃなきゃ、楽しくないだけ。ただそれだけ。
そして光速でもちゃんと全てが見えてるよ。
だから歌はやって来るんだ。

レテパシーズを有名にして、音楽の世界を変えたい。
なので、関口萌にはここで降りてもらう事にしました。
ハジメちゃんを置いていくからには、絶対に売れようと思います。

古宮大志

※【古宮大志からの補足】

下記の関口萌の文章、素晴らしいので、一箇所だけ記憶違いがあるが、そのままにしようと思います。
「アコースティック」のベースはタカユキカトー。
が、「アコースティック」のリリース前にタカユキからヤハタにメンバーチェンジしていて、レコ発ライブもヤハタが弾いているので、勘違いしたのだと思います。
そのままで良いと思ったので、ハジメからの原文そのまま載せました。

僕のレテパシーズへ

自分が関わったレテパについて、初めて長い文章を書く。
確認したら、ひろしくんから僕のレテパシーズでドラムを叩かないかと言われたのが2018年の春なので、バンドは8年ほどやったことになる。メンバーチェンジもあり、自分にもひろしくんにも子どもが生まれたりして、アルバムは8枚作ったので振り返ってみる。
私は元々自分のバンドをやっていて曲も作ったりしていたのもあり、いちドラマーとしてバンドに参加するのは個人的に向いていないと思ったけれど、ひろしくんから郵便で送られてきた手書きの歌詞をみて、「なるほど、この人は良い詩人なんだ」と思って参加を決めた記憶がある。それまで続けていたバンドが終わったタイミングだったり、当時のギター高野くんやユキコさんという同い年メンバーがいたことで安心感もあったりした。
始めは練習場所の中野のスタジオに集まる前に、ひろしくんとベースの飯田くんとコンビニでアルコールを調達してアレンジをやり(ひろしが酒を飲んでいた頃)、「ブルースマン」の録音に臨んだ。直前まで使っていたカノウプスのスネアは楽器屋に売ってしまったので手持ちの機材はなく、スティックだけ持っていくスタイルだったので移動が楽だった。ちなみにその時のメンバーは高野くんも飯田くんもユキコさんも、楽器奏者として攻守で分けると「攻める」タイプの人たちだったから、熱量を合わせるのがやりやすかった(もちろんみな攻守の要素は両方あって、あくまでも私の勝手なイメージで言っている)。
「ブルースマン」の録音は終末感があってぐしゃぐしゃだったので、歌録りの際ひろしくんは泣きながら歌っていた。記憶力がないので詳細はあまり憶えていないが。ドラムに関してはたしかスタジオにあったセットをそのまま叩いた気がする。しっかりしたスタジオでちゃんとチューニングされていた。この時のドラムの音は大袈裟な音がして好き。「ヘルメットヘアー」とか「僕のレテパシーズのテーマ」のやけくそ感は愛せる。
その年のハイコーフェスにも同行し、秋田県田沢湖まで車で行った。帰りの高速道路の車内でユキコさんと何気ない話をしたことが、自分がその先もレテパを続けていこうかな、という気持ちに繋がったような気が、今となってはしている。
その後、飯田くんが抜けてタカユキくんがベースで入り「レテパシー」の録音へ。タカユキくんも同い年メンバーで、本来は「攻める」演者だけど意図的に「守って」いたので、バンドが柔らかくなった印象がある。彼の地下室の小部屋みたいなスタジオでコーラス録りをしたことと、録音ではドラムテックの方が入ってくれたことがとても面白かった。曲によってシンバルを変えたり、タムをデッドな感じの音にしてくれたので表情が変わっていて楽しいドラムだった。あの時敷いてたマイネルのドラムマット、いつか買いたいな。曲でいうと「長野県のお月様」が好きで、個人的にシングル推しだったが、ちょっとみんなと感覚が違ったのかも。
次の「アコースティック」はタカユキくんからやっくんになってからのアルバムで、バンドとしてちょっと新鮮な空気感があった気がする。このアルバムに入っている「春」という曲は思い入れがあって、ドラムはこだわった。ひろしくんの曲でたまにすごく好きなメロディーラインのものがあって、「春」とか「そばにいる」とかがそう。それからこのアルバムは2024年にリマスターをしているのだが、そのバージョンを聞いた時にすごくいいアルバムだと感動したっけ。「調布飛行場」の高野くんのギターが特に良い。あと、やっくんとは吉祥寺で飲んだり、錦糸町のサウナに行ってちょっとずつ打ち解けていったけれど、ほんとにやさしい人間で助けられた。「特訓」と称して、ドラムとベースだけでスタジオ練習したのはバンドを強くするためにとても意味があったと思う。ありがとうやっくん。やっくんは攻守のど真ん中って感じ。

高野くんは先に卒業していった。そして、カニくんと初めてスタジオに入ったら新しい音がして興奮した。とりあえずスネアをまた買わなきゃと思って、ハードオフで3000円くらいのゼンオンのスネアを買った。ここからまたスタートしなきゃという気持ちになった。「クレイなジー」はそういう意味で、新しいバンドのアルバムだと思っている。アレンジは苦労したけど楽しかった。改めて聞くと再現の難しい絶妙な演奏で、緊張と味があって「あの時」しか出来ない感じがする。そして、カニくんのギターはめちゃくちゃ攻めるかと思いきや、しっかり死守している感じというか、とにかく面白いギタリストで触発されまくった。
そういえばドラムに関しては、スネアは買ったものの結局吉祥寺GOKにあったラディックのスネアが凄く好きな音で、それを使わせていただいた。レテパの作品の中で、このアルバムはいわゆる名盤と思っている。
さて、やっと「エンデンジャードスピーシーズ」だが、初めて同じメンバーで2枚続けて録音したことになる。そのためか、割とすぐアレンジは出来上がっていったっけ。何となく自分がアレンジについて積極的になった時期のような気がする。「島崎智子へ」という曲はかなり突っ込んだアレンジで、ドラムもよくこんなの思い付いたな、と思えてすごく気に入っている。そしてこのアルバムでユキコさんは卒業したが、ストイックな鍵盤で感服する。どちらかと言うと、タイム感は自分のドラムよりユキコさんに委ねてしまっていたのかもしれない。
鍵盤が変わるということは、かなり大きな変化だと思うが、ちゃんとした後継者として次に南さんが入ってくれた。これほど曲数があるバンドに途中参加するにはなかなか勇気がいる。なので南さんは最初から攻めている。
「RADIO LETEPA」の頃は、自分自身の生活も変わってきてなかなか専念できず、またバンドとしても次の産みの苦しみみたいなものがあったような気がする。でも、結果的にはあっけらかんとしたアルバムで、単純な楽しさがある。「激めん」とか、これが正気で出来たのが不思議に感じるアレンジだったりする。また個人的なことになるが、このアルバムのレコ発には友部正人さんが出演してくださったが、友部さん大ファンの我が母に、死ぬ前にライブハウスで見せられたことに関しては、本当にひろしくんさまさまである。大感謝。
そして「夏のアルバム」である。レテパとしては、初めてのコンセプトアルバム?という作品。とにかく、ひろしデモを聞いた時点で私の中では「そばにいる」という曲が大事だったので、アレンジは納得するまでやりたかった。うまくいかない苛立ちも出てしまったけれど、何度も組み立て直して完成した時の嬉しさはひとしおだったし、自分がレテパのメンバーだという実感が今更ながらあった。このアルバムが出来たとき、ユキコさんが「最高傑作を作ったね」と言ってくれたのですごく報われた気がした。きっと、ひろしくんのどんぶりに、カニくんとやっくんと南さんと私がちゃんと乗っかったのだと思えた。
ということで、「おるたな」だが、これはもう頑張った。みんな頑張った。たぶんみんなそれぞれ大変だったと思うが、特に自分は表面的に大変さを出してしまったようで申し訳ない。いや、しかし良いアルバムを作って終われた。「ホンダ」のドラムなんて、無意識の境地で、導いたのか導かれたのか分からない感じがある。「若いバンド」も、自分らしくないアプローチで叩けたのがよかった。そこまで出せたんだと。やっと私もいちドラマーだな、と確かに思えた。あと、このアルバムではグレッチの薄めのスネアを使ったのが、個人的にオルタナ感。
最後に、過去(自分が入る前)の曲をやるにあたってアディーさんのドラムは録音物でしか聞いたことがなくて、いつも比較対象として頭にありはしたが全然同じようには叩けず、まあそれでいいかとも思っていた。アディーさんは点が均等できれいで、もちろんグルーブがある理想のドラム。自分は感情的でムラのあるドラムなので同じようには出来ないと諦めていた部分もあるし、求められてはいないとも思った。でも、去年くらいにやっと「見知らぬ青年との会話」は原曲に近づけたニュアンスで叩けた気がしたのは嬉しかった。

というわけで、長々と書いてしまったが、これで私は僕のレテパシーズを卒業します。ひろしくん、やっと次のアルバムを聞けるのが、わくわくしてきたよ。
新しいドラマーにバトンを渡します。

関口萌

PS.結成15周年ワンマンの映像を公開します。
我々の最後のレテパシーをご覧下さい。

11thアルバム「おるたな」の通販、大変お待たせしました。
本日よりスタートさせて頂きます。

https://yoruninamaeo.theshop.jp/

配信リリースの方は昨年の12月、15周年ワンマンの予約が少なくて絶望して「ええい!音はもうあるんだ。配信だけでもリリースしてしまえ!この大名盤が出れば予約激増するだろう。逆に増えなければそれはそれで諦めもつく!それなら客席ガラガラでもむしろ気分が良いわ!才能がなかったんだろ!聞く方に!」と緊急リリースしてしまいました。
そしてその後、公私共にまた色々とドタバタしてしまい、こんなに時間がかかってしまいました。

毎度毎度ですが、俺が一人でCD焼いて、切ったり貼ったり包んだり、発送までやっているので、注文から到着まで少し時間がかかる場合があるかも知れません。
のんびりお待ち頂けたら幸いです。

あと、アルバムにコメントを書いて頂きました。
曽我部恵一さんのコメントです。

さすがに、何も書かないのも不自然だと思うので、経緯を。

7thアルバム収録曲に「So.Ka.Be」という歌がありますね。
この7thアルバムを録音していた頃、6thアルバム「アコースティック」がリリースされました。
その6thアルバムを偶然、曽我部さんが聞いてくれてたらしい。
レテパの録音をしてくれている馬場友美は、曽我部さんとも仕事をしているので、ちょうど「So.Ka.Be」を録った直後に曽我部さんから「馬場ちゃん、僕のレテパシーズって知ってる?」と言われて、びっくりして「え!?バレた?」と思い、思わず反射的に謝ってしまったらしい。
もちろんリリース前なので「So.Ka.Be」の事など、曽我部さんは知るはずもないのですが、あまりにもタイムリーで馬場ちゃんは大動揺してしまったらしい。
そして、今自分がレテパシーズと「So.Ka.Be」という歌を録音している事もちゃんと伝えたらしいのですが、怒るどころか、その後の7th8th9th10th11thとずっと聞いてくれていたらしく、今作11thも褒めてくれていたという噂を聞いて、俺は嬉しくなって、コメントをお願いしたのでした。

前から俺は、なんで文学やお笑いの世界とかは、あんなにも新人発掘に真摯な姿勢なのに、音楽は断絶しているのだろう、と思っていた。
今も思っているし、この状況を変えたいと強く思っている。
俺の好きな昭和初期の文壇みたいに、大御所も中堅も新人も同じ土俵に立つべきだと思う。
もっとイカレてて、誰もが命を全使いしたくなるくらいやり甲斐のある、ドキドキするような音楽の世界に変えたい。
俺は、バンドを脱退する人や、解散するバンドを見ると「そりゃあもっと素晴らしい世界で遊びたいよな。」といつもフラれたような気分になるのです。

なので、こんな無名なレテパシーズを曽我部さんが聞いてくれていた、というのは励みになりました。
本当に嬉しいし、音楽界の鑑だと思う。
ありがとうございました。

という訳で、良かったらCD通販ぜひぜひ。
俺は細かい作業が苦手なので、梱包雑でも許してね。
毎作CD楽しみにしてくれている方々、お待たせしてしまいすみませんでした。
信頼の上、甘えさせて頂きました。お許しを。

2026年3月2日
古宮大志

PS.お休みしている関口萌の事、また来週ちゃんと書きます。
1月2月はみんなで色々話し合いました。

PS.自分のお守りみたいな物なので、今年も書きますが、2月6日で断酒7年になりました。おめでとう!
もうさすがに飲酒欲求はありませんが、それはこの大冒険を維持出来ているからなのです。
素晴らしいライブ、素晴らしい作品、を継続する為には断酒あるのみ。
なので、バンドが壊滅したら、多分沖縄あたりで浮浪者になって飲むでしょう。
泡盛とオリオンビールをゴクゴクと。まるで水のように。
だから前進あるのみ。

最近のノンアルビールは見た目も本格的なので、ライブ中にノンアル飲んでると「あ!酒飲んでんじゃん、、!」と勘違いされる事があります。
7年間一滴も飲んでませんよ!えらいのです。

PS.この、CD飾るやつ。ついにあと1枚で完成です。
全12枚が埋まる時、何かが起こる気がしてます。
なんだかそんな気がするのです。
子供の頃のドラクエごっこの財宝探し、みたいな気分だね。
三つ子の魂百まで、は本当な気がする。
今は、冒険ごっこ、じゃなくて、本当の冒険で子供の頃よりも楽しいよ。
三つ子の魂百まで、、1週間に1度くらいの頻度で遊んでいる、俺の息子もうすぐ3才だな。(離婚したので別居している)
最近は親分感が出てきて、俺の事を子分のように扱います。
「シロシー!サイゼリヤ行こうかー!」とポッケに手を突っ込みながら誘って来ます。
青豆のサラダとコーンピザのコーンとチーズの部分しか食べないので、俺はいつもただのピザ生地を食べさせられています。
それでも親分なので、上から目線で「食べてもいいよー」と汚いただのぐちゃぐちゃの生地を俺の口に突っ込んできます。

昨日はレテパメンバーで集まり12thアルバムの10曲のコード確認をしました。
カニは特にこういう作業が好きみたいで、活き活きと楽しそうに色々コードを提案してくれました。
12thの10曲は息子の歌も多いのです。年内には絶対に出したいです。

ではまた来週。色々報告します。
何もかも覚悟の上での大冒険なので、全て大丈夫。
ご心配なく。変わらず行くのだ。

2025年12月12日リリース
11thアルバム「おるたな」

1.ホンダ
2.さよならの合図
3.the world is mine
4.愛してる
5.SAIL AWAY
6.若いバンド
7.真鶴漁港
8.岩見沢デパート変遷史
9.おるたな
10.次回予告なホーリーナイト

僕のレテパシーズ
Vo.古宮大志
G.カニユウヤ
Key.菊竹南
B.ヤハタトシキ
Dr.関口萌

録音/ミックス/馬場友美
マスタリング/中村宗一郎

東高円寺ロサンゼルスクラブ(2025.6.12)
西調布Studio REIMEI(2025.7.8)
西荻窪Rinky Dink Studio(2025.8.28)

アルバムリリースから1ヶ月が経ちました。
この1ヶ月の間にも色々あったなあ。
どうもレテパシーズは激動癖がある気がするが、まあそれだけ困難な山登りをしているのでしょう。
ちょっとまだ書けない事もあるのですが、変わらずに登るのでご安心を。
頂上から眺める景色はきっと、懐かしくて新しくて過去も未来も全て見渡せるあの感じ!なのでしょう。
覚悟の上、信頼の上、ちゃんと全速力でがんばれてるはずだ!
大丈夫大丈夫。レッツゴー!

というわけで、11thアルバム全曲解説です。
11thの歌の作曲時期は2022年6月28日〜2023年4月11日。
断酒から3年が経ち、基本的に飲酒欲求も完全に消え、高円寺のユキコの祖父母の築60年の空き家でのんびりと暮らしていた頃の歌達です。
2023年の5月には子供が産まれる予定だったので「これが父親になる前の最後のアルバムかあ。」とも思っていました。

そしてタイトルの「おるたな」
10代の頃に見た音楽ビデオの冒頭に「alternative」という字幕が出ていて、漠然と「オルタナ」というのはさぞかし偉いんだろうなあ、と思っていました。
札幌にも数年間住んでいたので所謂「札幌オルタナバンド」にもよく会いました。
でも、過去のレジェンドと言われる日本のオルタナバンドの「名盤」を聞いても、いつも何かが足りない気がして、そこまで感動出来なかった。
なので、いつか自分でオルタナアルバムを作りたいな、という思いがありました。

音楽ジャンルをトランプのように格付けするのならば、、

1.パンク
2.ブルース
3.ロックンロール
4.フォーク
5.ジャズ
6.その他

の順で強い気がするのですが、オルタナだけはジョーカーで、問答無用の最強のイメージ。
果たしてレテパのおるたなはオルタナになれたのでしょうか?
皆さん聞いて判断してね。

前作「夏のアルバム」は全曲夏の歌というコンセプト。
今作はレテパなりの「オルタナ」というコンセプト。
なので、コンセプトアルバムが2枚続きました。
でも、次作12thの10曲は何もコンセプトの無い普通の歌達ですのでご安心?を。

ではでは、全曲解説レッツゴー!(こういう解説の時に自分は作家寄りになってしまう傾向にあります。なので歌が出来た経緯を書きがちです。もっと録音秘話!とか音の事については今度他のメンバーに書いてもらおうかな!なんて今思いました。誰かに頼んでみようかなあ)

1.ホンダ(2023年4月11日作曲)

この頃、映画館で「パルプフィクション」が爆音上映されていたので見に行った。
可愛いフランス女が自分の車を壊されて「私のホンダはどこ?ホンダは?私のホンダを返してよ!」と騒いでいて、字幕にホンダホンダ出ているのを見ていたら、昔の友人ホンダさんの事を思い出して、確か翌朝?この歌が出来た。
ホンダさんはレテパシーズナンバーでもお馴染みの人で「MOON PALACE」の店主。
そして「愛は風景」の2番の歌詞は彼女からのメールを元にしています。
20才の頃の数ヶ月、半同棲みたいな感じで、俺は10才年上の彼女の事が好きだった。
ホンダのホンダで小樽や石狩の海へよくドライブしてた。

いつも通り、他の歌もほとんどテイクワンだが、この歌は特に「一日一回しか演奏出来ません。なのでもしNGテイクならば、次の録音日にまた演奏しましょう。」と決めていた。(結果は無事に一発OKでしたが)

今作は3箇所で録音した。
場所とその日録る歌はカニユウヤが選定した。

ホンダは元々8曲目の予定だった。
俺の宅録デモでも8曲目になっている。
でも気付いたら自然と1曲目になっていた。

パルプフィクションついでに書くが「クレイなジー」に出てくるハニーバニーという歌詞は、パルプフィクションに出てくるおしゃべり強盗の名前がハニーバニーで、近所の野良猫が毎朝ハニーバニーそっくりな声で騒ぎ立ててうるさいので、その猫にハニーバニーという名前を付けて呼んでいた。
それがクレイなジーに出てきた。という訳です。

2.さよならの合図(2022年11月2日作曲)

2019年の断酒治療以降、俺はバイトもしてなくて、近所に住むユキコの祖母のお世話をして、小遣いを貰って暮らしてた。
お世話といっても、俺は老人と話すのが好きなので、ただ遊んでいた感覚だったが。
彼女は俺が歌ってる事など知らなかった。
俺も説明しなかった。不要だったので。
きっと無職のプー太郎だと思っていたのだろう。
ある日、ばあさんの部屋でハーモニカを見つけたので、吹いてあげたら、妙に吹ける俺を見て「ねえ、どうしてそんなに上手いの?」と少し不審がっていた。
足腰は悪かったが、ボケておらず、話も面白かった。
戦中に勝浦で教師をしていた頃の話、昔の恩師と無理やりお見合いをさせられた話、早くに夫を交通事故で亡くして女手一つで子供達を育てた話、花や天気の話。
今、久し振りに思い出したが、本当に透明で良い時間だった、と思う。
もうすぐ産まれるひ孫のエコー写真を見ながら「ほら、これがちんちんだから男だよ。」なんて説明してあげて、大層楽しみにしてたのに、ひ孫の顔を見る前に、ある日突然死んでしまった。
そして次の日この歌が出来た。
いつも全ての準備が出来てしまっているのだと思う。
だから、何かがあるとすぐに歌は出来る。

3.the world is mine (2023年2月6日作曲)

築60年の高円寺の一軒家、古いトタン屋根に落ちる雨の音が好きでした。
2階の俺の部屋には大きな窓があって、暖かい日にはいつも野良猫が昼寝してました。
その中の1匹は家にも入るようになって、気が付いたら一緒に寝る仲になっていました。
このデモを録っている時も、窓の外でニャーと呼ばれたので、窓を開けて入れてあげたら、演奏中に鍵盤を踏まれたので、その音がデモに入っています。
そのドンダンダンという不況和音はとても良い感じで、まさに「the world is mine」という音だったので、メンバーにも「この感じを出したい!」と伝えました。
ちゃんと出たと思います。

アコギはカニが弾いています。
録音直前に、ひょんな事から手元にやって来たアコギがありました。
40年以上弾かれずに眠っていたそうです。
弾いて欲しそうな顔をしていたので、カニに渡すと弾いてくれました。

7thアルバム以降、楽器と通じ合えるようになりました。
11thは、お馴染みの足踏みオルガンで出来た歌も数曲ありますが、ほとんどはグヤトーンの古いビザールギター、で出来ました。
さっさと俺にオルタナやらせろよばかやろう、とグヤトーンに言われてる気がしました。
このグヤトーンは昔バイトしてたリサイクルショップで手に入れたギターでした。

メロディーと歌詞は同時に出来るタイプです。
歌は朝起きた瞬間に出来る事が多いです。
起きた瞬間じゃ無い場合もあるけれど、ほとんどが朝です。
午後に出来る事は全く無いんじゃないかな。(断酒後の7th以降の話です。1st〜6thは酔っ払ってるからか昼夜関係ありませんでした)

3分の歌が3分で出来る事もあるし、時計を見たら1時間経っている事もありますが、最初から最後まで一切気持ちが離れていない状態で終わらせます。
途中で余計な事は出来ないので、お腹が空いた時の為に、いつもカロリーメートを手元に置いておくようにしています。
今書いている文章なんかは、書こう、と思って書けるのですが、歌はコントロール出来ません。
いつ始まるかは自分でも全く分かりません。
17才の頃、歌を作ろうとして作るとなぜか絶望的に死にたくなったので、それ以来「歌を自分から作ろうとするのは絶対に禁止!この絶望感はマジで死ぬぞ!」と固く心に誓ったのでした。

最近ある詩人の対談集を読んで納得したのですが、俺は左脳では無く、右脳で歌を作っているようです。
右脳のお筆先を使って過去未来全ての時間軸を手に入れた状態で書いているので、出来た歌を次の日という現実の中で思い出そうとしても何も覚えていないのです。
だから出来たらすぐに録音する事にしています。
そのせいで、俺の宅録デモの音源の声はいつも寝起きのガラガラ声なのです。(12thの制作資金が全く無いので、近々12thのデモも売る気がします。好きな人はお楽しみに)

歌詞の「推敲」というのは一切やりません。
やらなすぎて「推敲」という言葉も知りませんでした。
最近読んでる本に出てきて、そんな変な言葉初めて知りました。
タイプがあると思うので、推敲をして素敵な詩を書く人もいるのでしょう。
でも俺にとって推敲は、過去未来全ての時間軸への冒涜です。
一つ推敲すれば、タイムパラドックスのように、全ての世界が壊れてしまうでしょう。
ああ、そうか。だから死にたくなったんだな、17才のあの時に。
今、分かりました。大納得。

4.愛してる(2022年6月28日作曲)

この頃、初めてサブスクで音楽を聞くようになり、知らないかっこいいバンドを見つけるのが喜びでした。
1年に2〜3組くらいしか見つからないが、見つけるとそのバンドの歌ばかりを繰り返し聞いてました。
そんな中、見つけた「SEAPOOL」というバンドが素晴らしく、ずっと聞いていて、ある日ついにライブを見に行った。
今にも壊れそうなそのバンドは、案の定すぐに壊れてしまい、ライブを見たのはその日が最後になった。
「Low pop baby」と「Schizo Flare」という歌が特に好きで、何度も何度も繰り返し聞いていた。
海が見えるところでも、空港の待合ロビーでも。

あと「T君の夏の歌」のT君の要素も少し入ってると思う。
20代の頃に音源文通をしていた札幌のT君。(俺は川崎の稲田堤に住んでいた)
部屋の掃除をしていたら、彼のアルバムが目に止まり、歌詞を読んでみた。
すると、メロディーを忘れてしまっていて、どんな歌か分からなかった。
あんなに聞き込んでいたのに、、恐るべしアル中後遺症の前頭葉、、と、びっくりしながらも、メロディーの無い彼の歌詞が俺への手紙のように思えて、微笑した。
あの感覚もこの歌には入ってると思う。

この頃は完全に「おるたなモード」だったので、今思うとどうしてこんなコード、メロディーになったのだろう、もう絶対に作れないな、という歌が多いです。
デモをメンバーに渡すと、完全にイメージ通り、に完成します。
これはおそらく、メンバーに完璧に呼応した状態で俺が作曲しているので、そもそも作曲の時点でメンバーの音の絶対的影響下に住んでいるからでしょう。
まさに以心伝心。いや、一心同体、というべきか。

もうこんなアルバムは一生作れないと思うよ。

5.SAIL AWAY(2023年1月7日作曲)

2009年頃かな?
その頃住んでいた稲田堤のアパートの軒下から困っている猫の声が聞こえた。
出ておいでー、と呼んでも全然出てこないので、部屋にいた飼い猫を連れて来て、一緒に呼ぶとついに出てきた。小さな黒猫の赤ちゃんだった。
真っ黒なので、出した舌のピンク色が映えてまるで帆立貝のようだ、とその頃同居していた古宮夏希が言ったので「帆立」という名前になって、一緒に暮らす事になった。
それから10年以上が経ち、帆立もだいぶ老いてきた。
少しボケ始めてたかも知れないが、高円寺の家で平和に暮らしてた。
2022年11月11日、8thアルバム「エンデンジャードスピーシーズ」のレコ発ライブをしに、俺は深夜車で大阪に向かった。
その数時間後、帆立は俺を探しに行ったみたいで、外に出ていつもとは違う環七の方向に歩いて行ったらしい。
大阪から帰ってくると、帆立はおらず、探しに探して、ついに新高円寺の交番にいたのを見つけた。
お巡りさん曰く、環七で轢かれて死んでしまい、見つけた時はカラスに少し食べられていたらしい。(そのせいだろう、それから数週間、近所のカラスの珍行動をたくさん見た。帆立の可愛い呪いだと俺は思っている)

「SAIL AWAY」は出航という意味です。
あの日から俺は帆を立てて出航している感覚です。
歌詞の通り、世界は滲んで虹色に見えています。
帆立のおかげで強くなれたと思うよ。サンキューホタ。
彼女のあだ名は「第一夫人」でした。
お前が一番。愛してるよ。

6.若いバンド(2022年7月16日作曲)

2000年から歌っているが、25年間で5ターンくらい同じ光景を見ている気がする。
若いバンドが疲弊して消えていく、あのお馴染みの光景を。
そしてそこにはいつも「おっさんのマネージャー」が立っていたのです。

43年間生きてきたが、一番最初に大影響を受けた作品はレオレオニのフレデリックだと思う。
幼稚園の頃かなあ?あのネズミのやり方が一番本当の生き方なのだと思い、いいぞいいぞ!としっくりきた記憶がある。
そして、おかげさまで今でもしっくりきています。

歌詞に「恐らく2年後の2024年」とありますが、2025年になりましたね。
バンドが崩壊しないスピードで加減して進むと、アルバムは1年に1枚のペースだと気付きました。
この歌が出来た時はまだ気付いていなかったみたい。

7.真鶴漁港(2023年1月12日作曲)

この頃、NHKの大河ドラマで、源頼朝をやっていた。
テレビを付けると、ちょうどドラマゆかりの地を紹介する番組がやっていて「真鶴の頼朝が隠れた穴」が映っていた。

2019年、断酒して半年が経ち、やっと少し落ち着いたので、シラフで初めて旅行した。
真鶴漁港のスピーカーからはなぜかニールヤングが流れてた。
近くの店舗のスピーカーとかでは無く、漁港の古いメガホンスピーカーみたいなやつから流れてた。
あれはなぜだったのだろう?すごく違和感のある光景だった。
ニールヤングと、閑散とした漁港にいた一組のヤングカップルの感じが、とてもシュールで今でもハッキリ覚えています。

この歌、ギターを重ねているのですが、ヤハタが弾いています。
カニが「ギター重ねたいイメージがあるのですが、ヤックンに弾いてほしいです。自分よりヤックンの方が得意な感じのギターなので。」と言った時の、ヤックンの嬉しそうな顔は、ヤハタトシキ史上嬉しい顔ランキングベスト3位には入るんじゃないかな?
それくらい嬉しそうな顔をして「え!?俺?俺でいいの?本当に?やったー!」という感じでした。
あれはなかなかの名シーンだった。

8.岩見沢デパート変遷史(2023年3月30日作曲)

2才から13才までは北海道南空知の月形町に住んでいました。
車で30分のところにある岩見沢市というのが、一番近い都会でした。
その岩見沢のデパートの変遷史です。
NOVAというのは英会話のやつでは無くて、生協が作った大型デパートです。
歌に出てくる「あのこ」は高校生の頃のガールフレンドの林さん。
この頃帰省して、駅の観光案内所で「すみませーん、観光客ですけど、お昼ご飯食べれそうなお店ありますー?」と聞いたら「いや、観光客じゃないよね。古宮君だよね?」と言われてビックリしたら、それが林さんでした。
で、彼女の事を思い出してたら出来たんじゃないかな?
彼女は観光協会で働いているらしく、岩見沢のゆるキャラ「いわみちゃん」の中に入っているそうです。
いわみちゃんはタマネギの妖精?なのかな?
出たての頃は、股間にタマネギの毛が生えてて陰毛みたいでぶっ飛んでて素敵だったが、今は脱毛したみたいで、普通のかわいいキャラクターですね。
2ndアルバム「愛してるよ」収録の「夏のしっぽ」の「君」も林さんです。
タマネギ農家の娘だったので、タマネギ畑の中を自転車漕いで走ってた。
あれから2人の子供を育てて、今も変わらず地元に住んでいるのです。

いつか、あの要塞のようにでかいイオンにも、最後の日は来るのだろうか?

※「ナカノタナ」は今も名前は残ってるみたいだが、リニューアルされてて全然違う

※「金市館」は当時北海道に展開してたデパート
「北の国から」でも、東京で純と蛍が履いていた汚い靴を捨てられた時の回想シーンで「この靴は富良野の金市館で父さんが買ってくれたもので、、」みたいなシーンがあり「おー!!!!金市館!!!!富良野にもあったんだ!!!」と感動した記憶がある。
2005年、上京したばかりの頃、極度のホームシックになり、北海道関連の本や映画やドラマを見まくっていた時期がありました。

9.おるたな(2023年2月12日作曲)

一番好きな木は?と問われたら「5月の白樺」と答えます。
一番好きな花は?と問われると、一つに絞るのは難しいけど、次作12thアルバム収録曲の「春の花」という歌で好きな花の名前を羅列しています。
エゾエンゴサク、フクジュソウ、ヤチブキ、カタクリ、ミズバショウ、フキノトウ、ニリンソウ。
まあ全て故郷の春の花ですね。

あの光っている感覚が俺のオルタナ感覚なんです。
さあ無事にオルタナアルバムになれたかな?

10.次回予告なホーリーナイト(2023年3月29日作曲)

2010年のクリスマスイブ。
下北沢の五差路(信号には代沢三差路と書いてるが、俺には五差路に見えるので、五差路でいいのです)の前のセブンイレブンで、見ず知らずの女に声をかけられた。
それから12年が経ち2人の間には子供が産まれました。
次作12thアルバムからは父親以降の作曲、それを意識した1曲ですね。
俺は10代の頃、他人の「父になった後の作品」に感動する事が多かった。
それはきっと「こんな滅茶苦茶で大変そうな人も、いずれは落ち着いて、こんなにも素晴らしい作品を作れるのか。俺もいつかそうなれたら良いなあ。」という不安定な10代の切実な思いだったと思います。

なので、自分もついに次作は父か!
と張り切っていましたが、離婚して、新しく出来た恋人の歌なんかも入り込んできて、12thアルバムは色々盛り沢山になってしまいました。
でも、名盤になると思う!
11thを超えるのは大変だと思うけど、力を合わせてがんばります。

以上、11thアルバム全曲解説でした!

2026年1月14日
古宮大志

PS.「おるたな」のCD通販はもう少しだけお待ちを、、
すみません、、がんばってます、、お許しを、、

PS.スペシャルサンクスで田中万智さんの事も書いておきます。
英語のタイトルを彼女が考えてくれました。
「A Goodbye Signal」ってかっこいいね。
「さよならの合図!(A Goodbye Signal!)」って漫画の必殺技になりそうな名前で素敵。

1.Honda
2.A Goodbye Signal
3.The World Is Mine
4.I Love You
5.Sail Away
6.The Young Bands
7.Manazuru Fishing Port
8.The History of the Department Stores in Iwamizawa
9.Alternative
10.Holy Night with Next Episode Preview

PS.次回のレテパライブは1/31のⅡララ企画です。
「世界は淡くてどこか水のよう」というタイトルは「阿久和川」という歌の歌詞です。
先日、Ⅱララの初ライブ映像も全編公開されました。
二宮ユーキ映像で素敵ですよ。
同日のレテパの15周年ライブも公開準備中です。
36曲の歌詞入れをお願いしてるので、まだまだ時間はかかりそうですが。

ではでは、2026年、我々の何もかもをお楽しみに!
今年もよろしくね!

僕のレテパシーズ結成15周年記念ワンマン、ありがとうございました。
レテパのライブが終わった直後、楽屋で関口萌と二人になったので、少し話しました。

「なんか、不思議なライブだったね。」

「何回か気持ちが切れて、すごく冷静な時間があったな。」

「でも、行った事の無い遠い場所で歌ってる時間もあったな。」

「こういうライブも出来るようになったか。良いとか悪いとかじゃないね、ここまで来ると。」

「まあ、力を合わせてがんばろー!」

その後、カニとも話したが、彼も妙に冷静な気持ちが常にあったそう。
南とヤックンとは話してないが、きっと同じ気持ちだったと思う。

ねえ、みなさん。
バンドやるって本当に素晴らしいんですよ。
サイコーなんだから。
子供の頃、俺は冒険の旅に出たかった。
冒険ごっこじゃなく、いつも本当の冒険がしたかった。
仲間を集めて大冒険!今まさにそれをやっています。
よかったな、月形の少年大志くん。夢が叶って。
これが憧れの命がけの大冒険よ。

でも、人生を賭けるにふさわしい場所、じゃないな、と思ったのだろう。
たくさんの「イカレた人」がライブハウスから去っていった。
彼らはきっと、他の場所でイカレ続けてると思います。
だから、フラれたんだ、イカレた人に、ライブハウスは。(それが死の場合もあった。でも、それももちろんフラれた事に変わりは無い)
彼らが安心して身投げできるような場所であってほしいな。
死ぬならここで死んでほしい。冒険の場所であってほしい。
イカレてて、優しくて、危なくて、ドキドキする場所。
光る海や夜の公園のような、世界中のどこよりも一人になれる場所。
そこでは本当の意味で世界中と繋がっているのです。

上の写真を見た人から「だんだん海賊団の親分みたいになってきたねえ。」と言われました。
俺は「確かにレテパとⅡララが並ぶと最強海賊団って感じだなあ。まあ、俺は山育ちだから山賊団だけどね。引き続き伝説の財宝を探し続けますわ。」と答えました。(ほのとハジメの並びが「パパ活」って感じで良いよね。下の3人の子分感もサイコー)

Ⅱララ初ライブどうでした?
俺、めちゃくちゃ緊張しました。
結成から約半年、手帳見て数えてみたら、合計98時間もスタジオに入ってました。
ドラムの鈴木ほのは本当に本物の素人だったんですよ。(しかも左利きというややこしさ、、)
ドラムってメンバー探しの時に一番見つからないらしいですね。
昔からよくドラム探しに困っているバンドマンを見かけました。
そんなバンドマンにはいつも「じゃあさ、ドラマーからドラマーを探すんじゃなくて、友達の中から探したら?気の合うやつにドラムを教えた方が早いって!半年もあれば叩けるんじゃないの?そんなもん。」と無責任な暴論を吐いていましたが、やってみたら実現出来ました。
ほのはライブ2ヶ月前に急成長し出したので、不思議に思い聞いてみると「えー、別に何もしてないけどなあ。あ!でもライブで見映えを良くしようと思って、最近は毎日縄跳び300回飛んでます!縄跳びダイエット!」と言ってました。
伸び悩んでるドラマーの皆さん、縄跳びがおすすめのようですよ。

ほのなんて、俺のアパートの近所のケンタッキーでバイトしてた世田谷のポップな不良高校生でした。
でも、見どころがあったので、山賊団に入れてみたのです。
鈴木りさもムタ君も同じです。山賊としての見どころがあっただけ。
こう書くと、バンドマンというよりも、本当に山賊団なのかもね。
だからライブハウスでうまくいかないのかなあ。

「15周年ワンマンの予約が〇〇枚しか入っていない!」とライブ前に大騒ぎしてしまいました。
会場に来たお客さんは、案外お客が多くてびっくりしたのではないでしょうか?
予約が少ないと詐称してる!と思われたら心外なので、少し説明。
メンバーの友人や関係者を招待する「ゲスト」という制度がライブハウスにはあります。
それは入れずに純粋な予約メールからの予約のみをカウントしてました。
最終的に33枚の予約でした。ありがとう!
面白いもので、この33枚は全員知らない人。(あえてこういう書き方をしています。本当は誰よりも知ってる人と書きたいけど。ご理解を)
33枚の中に、過去に共演したバンドマンとかライブハウス関係者はゼロです。ざまあみろ!
みんなどこかで勝手にレテパを知って好きになってくれた、知り合いじゃない人達ばかりでした。
「ミュージシャンズミュージシャン」なんて言葉があるけどね、レテパは「ノーミュージシャンズミュージシャン」ですね。サイコー!

11thアルバム「おるたな」リリースから1週間が経ちました。
面白いので、その期間の再生回数を載せてみます。

12/12→731回
12/13→550回
12/14→599回
12/15→2986回
12/16→1281回

だそうです。
10thの時よりは多いな。あの時は少なかった。10th最高なのに。
もっともっとたくさんの人が11thの銃で頭を撃ち抜きますように!

少しでも宣伝になればと思い、借金までしてインスタの有料広告というやつを作ってもらったのに、3日くらい流したら強制削除されました。

俺達の銃が自傷行為の原因!
正義の山賊の銃なのにねえ。
ちなみにこの広告は「愛してる」という歌が流れるように作ってもらってました。
聞こえなかったのかね。インスタ審査部の皆さんには。我々の愛の銃声が。
変なの。(何度も問い合わせて最終的には担当に電話でも抗議したがダメだった、、)

15周年ワンマンに向けて始めたレテパ資料館(インスタね)も全然15年間を載せれなかったけど、過去資料まとめるの意外と楽しいので、このまま継続してみます。
まだ2013年でウロウロしたままです。すみません。

あと、前にも書いたが「おるたな」のCD通販、もう少しお待ちを、、
すみません、甘えさせて下さい、、
なる早でがんばります!

最後にあらためまして、レテパ15周年、そしてⅡララ初ライブおめでとう。
そういえば、Ⅱララのリサムタと同じ年齢の時にレテパ始めたんですよ。
28才の時でした。
Ⅱララ、キラキラしてたでしょう?
レテパの方は次作12thアルバムの事で頭がいっぱいです。
まあどっちもキラキラしてますわ。

渋滞、楽しかったから、カッコよかったでしょう?
でも11thはほんとに大名盤なんだよなあ、、12th負けるなー!がんばれー!
次のスタジオから、12thのアレンジが本格的に始まります。

みなさん本当にありがとう。
おかげさまでここまで来れました。
まだまだ行こうね。愛してるよ!

2025年12月19日
古宮大志

あと3時間、日付が変わったら11thアルバムリリースです。
(配信サイトは→ https://linkco.re/TsyYb2S9)

2025年12月12日リリース
11thアルバム「おるたな」

1.ホンダ
2.さよならの合図
3.the world is mine
4.愛してる
5.SAIL AWAY
6.若いバンド
7.真鶴漁港
8.岩見沢デパート変遷史
9.おるたな
10.次回予告なホーリーナイト

このジャケ、俺が作りました。
作っていた2時間の記憶はありません。
歌が出来る時もいつもそうです。
出来て、簡単な録音をして、そのまま2、3日放って置くのですが、どんな歌か覚えていないのです。
最近読んだ、ある詩人の対談集に書いてありましたが、そういう時の事を彼は「お筆先」と呼んでいました。
左脳じゃなく、右脳で書いてるんだそうです。
「世界」が持つ過去と未来全ての記憶を使って。

今回、俺の右脳のお筆先は黒い銃のジャケを作ってくれました。
11thアルバムにぴったりだと思いました。

全ての嘘を撃ち殺す銃です。
迷わずに自分の頭を撃ってね。
死ななかった人はワンマンで会おう!

今はこれに尽きます。
12/15の15周年ワンマンの予約は現在26枚。
11thアルバムリリースは12/12。
3日もあれば十分だろう。
それくらいのアルバムだと思っています。
月曜日、満員のシェルターで会いましょう。

11thの歌の作曲時期は2022年6月28日の「愛してる」に始まり、2023年4月11日の「ホンダ」で終わります。
2023年の5月には子供が産まれる予定だったので「できたら子供が産まれる前に11thの全10曲揃ってたいな。12thは父になってからのアルバムにしたいな」なんて思っていました。
なので、ホンダが出来た時は「おー!さすがホンダさん!えらい!」と大喜びした記憶があります。(ホンダは人名、ホンダクミコ。20年以上前、彼女と見た石狩の海だ)

「愛してる」は2022年の6月なんだな。
ずっと音源だけを聞き続けてたあるバンドのライブを新宿のロフトへ見に行った。
音源と違い、ライブはまだまだ未熟な弱々しさで、会場の雰囲気もライブハウス特有の嫌な感じだった。
呼吸するのも辛そうだったそのバンド、まもなくちゃんと壊れてしまった。
純粋な本物のバンドは壊れやすいね。
不純な偽物のモノマネバンドはいつもずけずけと図々しいのに。
助けてやれなかったなあ。助けてほしそうだったのに。
ライブを見た数日後、この歌が出来ました。
せめてこの歌が、たくさんの人の頭を撃ち抜きますように。

さっきも書いたが、次作12thアルバムは父になってからのアルバムです。(もう全10曲揃ってます。えへん。数字が違うと気持ちが悪いので、毎アルバム全10曲と決めています)
俺は昔からなぜか他人の「父になった後の作品」に感動する傾向にあったので、自分も作れて嬉しいのです。(自分が不安定なので、他人の安定期の作品に惹かれたのかな?特に10代の頃はそうだったと思う)
15周年ワンマンでは12thの2曲も初お披露目です。
「渋滞」という歌と「楽しかったから」という歌。

結局、離婚して、恋人も出来て、12thアルバムは息子の歌や恋人の歌やポーグスのシェインが死んだ時の歌や癲癇で壮絶に死んだ猫の歌やらでカオスです。
まあ、でもなんか俺なりに安定してますよ。
息子は最近俺の事を「しろ」と呼びます。(ひろしを逆にして簡略化か?)

レテパシーはどんどん大きくなるばかり。
こんな感じの時、きっと全てがうまくいくのだろう。

では、シェルターで!

2025年12月11日
古宮大志

PS.12thの2曲、2曲目とラストという重要な位置で歌うからな。
歌詞掲載しちゃおうかな。
11thリリースの3時間前だというのに気が早くてすみません、、
よかったら読んでみてね。
12thは来年中に出したい。
なんか勝手に区切りな気がしてるので、12thのタイトルは「最後のアルバム」というタイトルにもう決めています。

よし、なんか清々しい気分なので、最後にどかーんと叫んじゃいますね。

「レテパとⅡララで音楽の世界を変えたいんだー!!!!!!!!!!!」

見てろよ。よろしく。

「渋滞」(2024年1月13日作曲)

渋滞は遠くまで 渋滞は続いてて

ほんとのペーパーだからさ 運転は免除で
後部座席でチャイルドシートの手をつなぐ

僕らの世代がよく言う 懐かしの場面
「親が車で聞くサザン」の親になっている

渋滞で僕らは 渋滞で微睡んで

車が流れ出したなら 家なんてすぐだ
このまま手をつなげたなら 幸せなんだろう

嫁の実家の車にはJ-POPばかり
「親が車で聞くサザン」の親になっている

渋滞は遠くまで 渋滞は続いてて

渋滞で僕らは 渋滞で微睡んで

「楽しかったから」(2025年2月26日作曲)

楽しかったから 誰が何と言おうと
壊滅的な最後だったとしても
やっぱり僕は

白んでく海と山と森越えて一人きり
もといた所へ帰る時に
同じ速度 走る君と目が合ってさ
少しだけ並んで走っただけ

見てた人は言うんだろう
何時間?何週間?何年?何十年?
人間達の単位じゃ計れない一瞬の速度で
雨のしずく一粒だけ目が合う時の短すぎる永遠の中で

それから僕は一人で もといた所へ行き
さっきまでいた君の顔思い出すよ しずくと目が合うようだ

楽しかったよな

楽しかったから 誰が何と言おうと
壊滅的な最後だったとしても
やっぱり僕は 大丈夫だろう

※12/8追記↓
【予約不備についてのお知らせ】
掲載していた予約フォームがシステムエラーにより使用不可だった事が判明しました。
いつからシステムエラーだったか不明です。
予約を受けた時は確認次第返信しています。
なので返信が来ていない方はご予約メールが届いていない状態です。
お手数ですが、再度下記のメールへご予約お願いします。
15周年ワンマン前の大事な時にごめんなさい!
ほんと機械は苦手です、、!すみません、、!

letepathys@gmail.com
(お名前、枚数、をお願いします)

↑以上追記

↓以下本編

「この銃、頭にぶっ放してね」

11thアルバムのリリース、予定より早める事にしました。(12/12の金曜日)
このまま15周年ワンマンに突入するよりも、聞いてもらって是非を決めてほしいと思ったからです。

ハッキリ書きます。
現在15周年ワンマンの予約は20枚です。

そしてこのアルバムは最高傑作です。
このアルバムを出した3日後のワンマン。
シェルターは満員になるべきだと信じています。

レテパシーズのキャッチコピーは「光り輝く絶滅危惧種」です。
もし光り輝いていないと感じたら、自ら絶滅を選ぶでしょう。
すごいアルバムを作りました。
副作用がひどいです。
正当に評価されたいです。
この光が少しづつ弱っていきそうで怖いです。

素晴らしい作品に素晴らしいライブ。
ただそれだけでよかった。
17才の時、夢見て飛び込んだライブハウス、インディーズの世界。
嘘や偽物ばかりでした。

全ての嘘を撃ち殺す銃を作ったよ。
迷わずに自分の頭にぶっ放してね。
死ななかった人はシェルターで会おう!

①11thを頭に撃つ
②死ななかったら
③15周年ワンマンへGO!

こんなシンプルな図式を作って、負けても勝つようにして、延命しています。
レテパシーズが有名になったら、素晴らしい音楽界になると思っています。
絶やしてはいけない火を守っていると自負しています。

2025年12月7日
古宮大志

PS.あと、すみません、お詫びが。
甘えさせて下さい。

まずお礼。
10thアルバムも大赤字で、11thアルバムの制作資金が全然足らずに借金と労働の日々でしたが「11th古宮大志宅録デモCD」の売り上げでなんとか完成まで漕ぎ着けました。
おかげさまで最高傑作になりました。
古今東西見渡す限りダントツ1位の高いハードルで期待してもらってて大丈夫です。
購入してくれた皆様、本当にありがとうございました。
金曜日をお楽しみに!

そして、お詫び。
いつもならば、配信リリースに合わせて、CD通販もスタートしてます。
が、今回、全然作る余裕が無く(切って折って組み立ててCD焼いて送って、、全て俺1人でやってます)リリース日をもっと遅らせるつもりだったのですが、上に書いた通り、15周年ワンマンの前にリリースしたくなってしまい、12/12に配信のみで先行リリースします。
CD通販は、準備出来次第お知らせします。
今は、11thの宣伝、15周年ライブ、に集中したいと思います。
CD派の人、ごめんなさい。
甘えさせて下さい。

何もかもがんばります!
この火絶やすな!レッツゴー!

今回は少し暗い文章になっちゃったかな?
でも俺は年末最後の大博打ギャンブルみたいにワクワクしてるので、ご心配なく。
性に合う方法で、スッキリしてます。
こんな単純方程式が一番好きだな。

最近人生で一番忙しいです。
バイトの後、何もない日はほとんど無いので、バイトのみの日は朝起きて「お!今日は休みだー!」と喜んでしまう程です。
なので、最近レテパシー通信を書けてないが、15周年ワンマンに向けて開館した「僕のレテパシーズ資料館」の方は少しづつ行進しています。
のんびり大行進なので、まだ2013年あたりでウロウロしてますが、、
ワンマンまでには2025年の現在まで到達する気でいたけれど、全然甘かった。
でも、過去を振り返る機会はあまりないので、おかげさまで自分の15周年感は俄然上がってきてます。

あとは、集客だよなあ。
ほんと、今の無名の絶滅危惧種状態で発見してくれたあなたは素晴らしいですよ。
俺はさ、だいぶ慣れてるんだけどね。正直。
ずっと黙殺されてるこの感じに。
でも、今のメンバーは慣れてない。
完成した11thアルバムの大名盤の実感や前回のハイコーのライブの素晴らしさ、なのに、この15周年ワンマンの予約の少なさ。
そのギャップで、少しづつ弱ってきてる感じがするんだよね。
レテパのみんな。ちゃんと傷付いてる。

俺は、もう慣れてしまった。
でも、がんばんなきゃな。
こんな良いバンド、こんなところで終わらせてたまるか。
と思って、気合い入れて前回のスタジオに臨んだが、正直あまり良い状態じゃ無かった。

で、みんなと話したのだが、この36曲のセットリスト、少し難しかったみたい。
演奏、という意味では無く、気持ちの持って行き方が。
なので、昨夜みんなの為に、曲目ガイドを作って送ってみました。
きっとこれで良くなるだろう。信じてます。
明日と明後日はスタジオなので、がんばります。

皆さんも読んだら来たくなるかな?と思い、以下そのまま掲載してみます。

次回の通信は日曜の夜に載せると思う。
色々大事な事を書きます。
お楽しみに。

「でも、前方の光」とちゃんと思えてますよ。
ご心配なく。がんばる。

2025年12月4日
古宮大志

※以下メンバーへの曲目ガイドそのまま掲載!


1.17
2.楽しかったから
3.水平線
4.思わずブランキー
5.T君の夏の歌
6.7月12日、13日
7.たこ公園
8.天国から来た男
9.パンクな名古屋娘


10.さよならの合図
11.愛してる
12.SAIL AWAY
13.若いバンド


14.青春
15.クレイなジー
16.数学と国語
17.ホワイトアルバム
18.実家のハイロウズのリストバンド
19.ロックンロールじゃ踊れない
20.イカレた人
21.君しかいない
22.SFマンボ


23.見知らぬ青年との会話
24.空知
25.ハローグッバイファックユー
26.海へ行こうよ
27.札幌ナンバーの最後


28.ホンダ
29.夏のアルバム
30.まだもう
31.そばにいる
32.おるたな
33.愛は風景

⑥アンコール
34.才能がなかったんだろ
35.永遠に、たまに
36.渋滞

【①ゾーン】
1曲目「17」は1stの1曲目です。
15周年にふさわしく、この歌から始めましょう。
改めて聞いたが、名曲だなあ、と思います。

その名曲を12thアルバムの10曲目、最後の歌で叩き潰す。
そのくらいの迫力で「楽しかったから」を演奏しよう。

なので、1曲目、2曲目、はぶつ切りの気持ちで良いです。
この2曲を対決させるつもりで。
1曲目と2曲目の終わりは拍手が起きないくらいの緊迫感で。

その雰囲気を、3曲目の「水平線」で救おう。
すごいテンションでやりましょう。
そうすれば救えると思う。

4曲目「思わずブランキー」はこの36曲のセットリストの中のキーポイントです。
完璧な完成度で決めたい。
そうすればこのワンマンは成功です。

なので、1〜4曲目が全てです。
今はまだ、ブランキー、は、アルバムを超えれてない。
超えたいです。

5曲目「T君の夏の歌」〜7曲目「たこ公園」は名曲シリーズという感じで1曲1曲を大事にやろう。
なので、流れ無視でぶつ切りのイメージで大丈夫です。
1曲終わったら、一息ついて、次の歌の気持ちに切り替えてから演奏しよう。
ちゃんと間を空けますので、安心して。

8曲目、9曲目は、ただただ演奏しよう。
歌がいざなってくれる場所にただ行きましょう。
どこかにたどり着くと思う。
それがどこなのかは、1曲目〜7曲目にかかってます。

この①ゾーンが一番難しいと思うので、丁寧に書きました。

【②ゾーン】
11thリリース後に演奏出来るの幸せですね。
嬉しい。
ここも1曲1曲を丁寧に。
ぶつ切りのイメージで良いので、丁寧にイカレた演奏でよろしく。

【③ゾーン】
14曲目「青春」やはりこの歌は特別です。
アル中断酒後のスタートの歌なので。
15周年記念ライブ、ここから始まるくらいのつもりで、最高の「青春」でいきましょう。
ここからギアを上げて、いつものライブの感じです。
ぶつ切りではなく、「流れ」が始まります。
14〜33までは一つの大きな流れのイメージでいけると思う。

14曲目「青春」〜20曲目「イカレた人」までは颯爽と駆け抜けたい。
で、「イカレた人」で戻って来れないくらい深い所まで潜ろう。

どんなに潜っても「君しかいない」と「SFマンボ」がキラキラと掬い上げてくれるはず。

22曲目「SFマンボ」と23曲目の「見知らぬ青年との会話」は間を空けます。
が、気持ちは切らずにいけると思う。
チューニング中も無言で気持ちは切らずに④ゾーンに入るイメージ。
※と言いつつも気分なので、何かペラペラ喋るかもだが、みんなは気持ち切らずに緊迫してて下さい

【④ゾーン】
23、24、25曲目は2ndの1曲目、2曲目、3曲目、なのです。
2ndは色々あったアルバムだけど、やはり好き。
④は流れで颯爽と行くと思うが、いつもよりは歌を感じてブルースパンクゾーンにしたいものです。
④ゾーンの歌達の今までの感じを、12/15は超えたいな。超えられる気がするな。

【⑤ゾーン】
ハイコーでも続けたが、27曲目「札幌ナンバーの最後」の「海まで9キロの青い看板」と28曲目「ホンダ」は同じ海、石狩の海の事です。
④と⑤もチューニングで間を空けるが、気持ちは石狩街道にいたままで。
今までで一番の「ホンダ」で燃え尽きよう。

29曲目「夏のアルバム」
30曲目「まだもう」
31曲目「そばにいる」

は、もう「ホンダ」で燃え尽きた後なので、どうなっても良いです。
歌にいざなわれてOK。
流れも気にせず、1曲1曲ただ歌おう。

32曲目「おるたな」今から楽しみです。
どんなおるたなになるのか。
この歌が出来て、そしてみんなとこんな風に演奏出来るようになれて、本当に良かった。
救われてます。サンキュー!

33曲目「愛は風景」はもうどうとでもなるでしょう。

【⑥アンコールゾーン】
楽しそう。
そして、最後の「渋滞」の後奏はみんなで踊りましょ。
南のピアノに合わせて。

11thは確かにすごいけど、12thが最高傑作になると思えてます。
「楽しかったから」「渋滞」のおかげで。

以上、「15周年ワンマンの演奏ガイド」でした!
スタジオあと3回だね。
がんばろー!

※11/19加筆↓
レテパ資料館、始めてみました。
年代順にするのは大変だと思い、とりあえず年代テキトーに投稿してみたが、年代順の方が文章書きやすい事に気付いたので、一度全て消しました。
改めて2010年から年代順に投稿してみます。
※以上加筆↑

昨年の春、離婚して家を出て、家賃39000円のアパートに引っ越しました。
その時に、たくさんの思い出達、レテパやソロやコークスやらの過去のあれこれが、わんさか出てきて、とりあえず段ボールに詰めて全部持って来ました。

あと最近「結成15周年ワンマンに向けて、15年間を振り返るレテパシー通信を書こう!」と思い立ち、過去メンバーやら友人やらに写真をたくさん送って貰ってました。

で、思いました。
「この過去の色々、ちゃんと管理する人もいないし、いずれ消え去ってしまうんだろうなあ。本当は記録として残せたら良いんだろうけど。」

そんな事を漏らしていたら「それなら、全て写真に収めて簡単な説明文を書いて、インスタに載せれば良いと思うよ。」という意見を貰いました。
インスタは初めて見るので、手取り足取り説明を受けたが、確かに今回のテーマにぴったりな使い勝手でした。
なので、レテパシー資料館開館してみます。

とりあえず、12/15の15周年ワンマンまではテキトーにどんどん載せてみようと思います。
年代順に並べるのは大変なので、そこは気分でランダムで。
激動?の15年のお祝いに花を添えられたらと思います。

https://www.instagram.com/letepathys

2025年11月14日
古宮大志