2月25日(木) PV「月形」解説〜上級編〜

昨日はラジオの収録でしたが、局長に「月形のPV見たけど、ひろしさんの住んでた家はどんな感じだったの?」と聞かれ「え!?めっちゃ映ってんじゃん!この酒飲みが!」と罵倒してやりましたが、言わないと分からない人もいるのかな?
昨日載せた↓

が少年時代に住んでいた家でして「知らなかった小さな僕が流した真夏日」あたりで空家になった現在の家〜30年前の家、の映像があります。

この住んでいた家は当時土地付きで(1990年頃)50万円だったそうです。
今はいくらか分かりませんが、このPVを見て移り住む人がいたら、正真正銘NO.1レテパヘッズですね。
(月形町南耕地2だよ)

この空き家での撮影後になんか腕が痒いなと思ってたら、みるみる腫れてきて、実家に帰って父に見せたら「茶毒蛾だわ。薬あるよ。俺も去年刺されたもん。」との事でした。
なので、この初日の撮影以降は、右腕がヤンキーの根性焼きのようになっていますが、もし今後見る事があっても気にしないで下さいね。
※↓よく見ると右腕が根性焼きヤンキー

出てくる無人駅は札沼線の知来乙駅。
去年4月に廃線になりました。
廃線になるとよく鉄道マニアがやって来てわいわい騒いでいるニュースを見ますね。
自分の故郷の札沼線の最後は、出来たら雰囲気壊してほしくないな、と思っていたら、さすが札沼線。
コロナの影響で、廃線の日程を急遽前倒ししまして、本当にひっそりと地元民のみに見送られラストランをやっていました。
普段は車移動で汽車は使わない生活でしたが、PVにも映っている「東京のじいちゃんばあちゃん」が遊びに来た時だけは、この汽車に乗って、知来乙〜札幌〜千歳空港、と帰っていくので、ほんとこの駅は映像の通り、何年かに一度、祖父母を見送る為だけの駅でした。

4人の全じいさんばあさんが出てきますが、畑で一緒に豆をとっている祖母は去年亡くなったので(祖父達はだいぶ前に全滅)今生きているのは汽車に乗り込んでる祖母だけですが、映像的にはすげえ天国に旅立った感が出てて笑ってしまいました。
センスの良いとても気の合う祖母なので、今度会ったら見せてあげようと思います。

多分こういう会話になる。

「ほら、すげえ召されてる感じすんじゃん。一番生きてるのに。」
「そうよ、もう召されるのよ。さようなら。」
「ほら、笑うとばあちゃんに似てる気がするんだよなあ。」
「そうね。あなたはモジャモジャでも案外清潔感があるわね。」
「そこが売りなのよ。」

ここまでは妄想。

以下は昔実際にあった会話。

「今年は頑張って早く紅白に出なきゃね。」
「あら、あなたはあんなものに出たいと思ってるの?」

面白いバア様でしょ?

というわけで、3日間に渡り、故郷を思い出せて良かったです。
これにて解説終わり。

なんにせよ、長谷川大ありがとう!

PS.古いビデオの数字が「91年6才」となってますが、これは妹です。年齢詐称してませんよ。(多めに言うやつはいないか)

PS.最後に俺の偏狂ともいえる月形愛の分かる一冊を。
「月形」を作った上京したての2004年頃は、この本をずっと眺めてはホームシックに拍車をかけていました。
花の都大東京に引っ越したのに、家から出ず酒飲みながら町史読んでるんだから、そりゃ売れないわな。