文章/古宮大志
前回文章を書いたのはⅡララⅡしんでしたが(タイトル思い付かず「断片日誌」とした。今日も思い付かずなので、断片日誌レテパ篇。)そこで秋の虫の声の事を書きました。
昨日深夜に帰宅すると、家の前の茂みからはまだリリリリリ…と聞こえていたけど、鳴いていたのは1匹だけ。
今朝、アルバイトに行く為に6時に起きてカブに乗ると、明確にハッキリと冬の朝の空。
さすがにあの1匹ももうさよならかな。ほんと、妙に秋の虫の声が心に沁みた10月でした。
近況を断片的に。
約束の21時まで2時間しかない。ので2時間分の近況を。
①
アルバムをサブスク配信している会社から、たまに「僕のレテパシーズの⚪︎⚪︎が⚪︎⚪︎回再生達成!」というメールが来る。
今日は「僕のレテパシーズのコード泥棒が1000回再生達成!」と来てた。
ちょっと前の自分なら「1000回、、10000万回の間違いじゃないの?あんなに名曲なのに。アホか。」と落ち込んでいたところ。
が、最近はちょっとずつだけど、自分の立ち位置や世界の様子が見えてきた。
初雪音楽社を立ち上げて以来、世界を直視する勇気が湧いてきたみたい。
今のこの感じで、10枚目のアルバムの6曲目のライブでも全然やらない歌が1000回聞かれている。まあ、嬉しいと思えるようになった。
もちろんもっともっと聞いてもらえる未来が見えているから、こんなに素直に喜べるようになったのだろう。
「コード泥棒」は昔やっていた「古宮夏希&コークスが燃えている!」というバンドの歌「きみの星のカオを見送って」のコードをそのまま盗んだ歌。
古宮夏希の事を歌っているのだが、今日はバイト先の喫茶店に古宮夏希が来たので、ずいぶん面白い偶然だなあ、と思った。
2002年の札幌時代から2012年のコークス解散までは「古宮君とレッド」のコンビの「SORACHI RECORDS」の印象が強い人が多いでしょう。
これ読んでる人にもいるかな?空レコ時代を知ってる人。
レッド(古宮夏希のあだ名)は元気そうですよ。ご心配なく。
ちなみに2021年頃に始めた僕のレテパシーズのサブスクは現在378694回聞かれているそう。
②
昨日は12thアルバム収録曲のMV撮影。
メンバーと撮るシーンは2週間前に撮影スタジオで撮影済み。
残っている「過去メンバーを模した人形達との悲喜交々な冒険の旅路」のシーンを撮影。
大したもので、撮影が始まると人形がちゃんとメンバーに見えてきて、1stアルバム〜12thアルバムまでの旅路を思い出し、結構疲れた。が、12thまで来た時にちゃんと現在に帰って来た感覚があり、佐藤碧唯を模した人形が登場した時には思わず「現在!きゃー!アオイちゃーん!」と叫んでしまった。
自分の部屋の壁には過去アルバム11枚を壁掛けCD入れに入れて飾っているのだが、撮影でちょいちょい使うので、今は全部出していて、壁には作品がゼロ。空のケースのみ。
もしもう一度1枚目からやれ、と言われたら絶対に無理だし、絶対に嫌だ。
大変だった。何回かあった本当の綱渡り。落ちたらどうするんだ。プロフェッショナルじゃないなあ。危ない危ない。
でも、結局大満足の11枚が残っているのだから、結果だけ見れば、真のプロフェッショナルか?
空知とかたこ公園とかミツバチとか札幌ナンバーの最後とかSFマンボとか水平線とか雪包丁とか夏のしっぽとか東区が恋しくてとかロマンチックとかそしてトンキーは死んだとかを歌っていた20才の空レコの頃にもし売れて全然違う人生を歩んでいたら、この120曲は全然違うものになっていた。
それはゾッとするな。この歌達が無いなんて嫌だな。という心理はずっとあったんじゃないかな。
こんな12枚を揃えたかった。不遇時代に出来た歌達。これを揃えれないくらいなら無名でよかった。まあ、綱を渡れたから言えるんだろうけど。でも落ちてたら落ちた場所で歌ってるのかなあ?いや、それは無理だろう。あんな高さだ、死んでたよ。
もし13枚目以降があるならば、有名時代の歌も作ってみたい。まだ121曲目はありません。
③
「僕のレテパシーズ資料館」(インスタね)も最近は順調なペースで載せれてる。気がする。えらい。
ようやく2015年付近、1stアルバム「僕を殺せるのは僕だけさ」時代に突入。
アナログな自分はSNSは見れないので、インスタの仕組み自体は分かっていない。
文章と写真を初雪の投稿係のメンバーに投げているだけだ。
この前、アオイから指摘を受けたが「過去のチラシに年号が書いてなくて、日付だけの記載だと、間違えてこれからのライブと思われてしまうのでご注意を!過去のチラシです、とか書いた方が良いですよー!」と教えてくれた。
なるほど、そりゃあそうだ。失礼しました。
僕のレテパシーズ/ぐっとクルー/Have a Nice DAY!
のスリーマンがあるなんて思われたら大変だ。気を付けます。
資料館、がんばるので応援よろしく。
④
「初雪音楽社YouTubeチャンネル」が閉鎖。
その代わりに「僕のレテパシーズYouTubeチャンネル」を充実させていく方針になったとの事。
「初雪音楽社社長」兼「初雪音楽社映像担当大臣&SNS担当大臣」の鈴木りさが奮闘してくれてます。(ちなみにカニは「音楽担当大臣」で俺は「作詞作曲担当大臣&ライブ企画担当大臣」でムタは「チラシ配り担当大臣」、、)
俺はやはりアナログなので、中の様子は伺えないから、ちゃんとお礼も誉める事も出来ていない。
触れて感動した皆さん。どうか俺の代わりに応援して褒めてあげて下さいね。
色々載せてくれているみたいです。ぜひぜひ。
⑤
上記の通り、ムタ君が「チラシ配り担当大臣」です。
この前、手伝ってあげようと思い、俺のカブでニケツして、新宿から吉祥寺までを5時間かけて各駅のスタジオやらライブハウスやらに配り回った。
途中でレテパシーレジェンドの先代のギタリスト高野京介に偶然会ったりして、楽しかった。相変わらずの高野君で。大好き。
さすがに東京生活約20年。各駅毎に思い出があり、街の明かりもなんだか師走に向けた雰囲気で、センチメンタルな青梅街道なのでした。
上京後最初に住んだのが西荻窪だというムタ君も、同じ気持ちだったみたいで、前回のⅡララⅡしんに書いてくれてた。「たまらない気持ちが青梅街道の荻窪〜西荻窪間で爆発した」と書いてて、爆笑してしまった。
あいつ、後部座席で爆発してたんだな。サイコー。
その頃俺は5分くらい「ムタのアホめ。使えねえなあ。」と殺意を抱いていた。
しかし、成長してるなあ。5分後には「いや、こういうムタ君みたいな人が天下取るんだな。俺はまだまだ小者だなあ。」と思い直して、正直に「ムタ君、俺今5分間、ムタ君に殺意を抱いてたわ。」と懺悔した。ムタ君は「ええええ!僕、何かしましたかあ????」と驚いていた。
顛末はこうです。
西荻を走っていたら、寿司屋「大泉」の看板が見えた。
俺は「あ!これが大泉か!ここにあるんだ!俺、偶然咲ちゃんの家ついていっていいですか?見たんだよね!ここかあ!へー!」
↑※注「数年前、テレビ番組の家ついていっていいですか?に大泉咲が出てた。彼女の父が営む寿司屋大泉も出てきた。ちなみにムタ君は大泉咲とTHEドイというバンドを組んでた。ちなみに俺は大泉咲のファン。」
するとムタ君が「そういえば僕、この前Ⅱララのスタジオの帰り道、地元の駅で家ついていっていいですか?のインタビュー受けましたよ。」と言った。
俺は「あらそうなんだ!残念だったね。インタビューだけで終わっちゃったんでしょ?競争率高そうだもんね。」
ムタ「いや、なんか番組のディレクターはⅡララの事、知っててくれて、Ⅱララってバンドやってるって言ったら、知ってます!あのモジャモジャの人、すごいですよねえって言ってました!」
俺「へー、でもインタビュー盛り上がらずに、不採用だったんでしょ?」
ムタ「いや、すごく長くインタビュー受けて、30分くらいかなあ。で、すごく家に来たそうで食いつかれたんですけど、、僕、眠くて断っちゃいました、、もしかして、出た方が良かったですかね、、すみません、、眠くて、、」
俺「え!?もったいない!!!!マジかよ!!!!!絶対出た方がいいじゃん!」
その後、俺は5分間、殺意を抱いていたのでした。
「この金が無いギリギリの状態、俺、お前にも毎月金借りてますやん。援護射撃なんてあればあるだけええやん。こんな寒空の下チラシ配りする何倍もの効果がTVにはあるやん。しかももし俺だったら確かに面倒で出ないのもアリかもだが、ムタ君ならキャラ的にもちょうどええやん。さぞかしディレクターも驚いた事だろう。夢見るバンドマン、金払ってでもみんな出たいだろうに、30分もインタビューして、盛り上がって、ディレクターもノリノリなのに、最後に満を持して、家ついていっていいですか?って聞いたら、ごめんなさい、それは無理です。わお!アホやん!バカムタが!」
でも、成長してるみたい。
5分後には、、
「いや、こういう人が天下取るんだろうな。眠いんだもん。仕方ないよ、そして、Ⅱララとレテパの才能を心から信じてるんだな。明るい未来を。だから眠ければTVにだって出ないんだ。余裕なんだ。こういう人が自然と余裕で天下取るんだ。俺、まだまだ甘いなあ。ムタ君を見習おう。頼もしい!かっこいい!ありがとう!」
そんなお茶目なセンチメンタル青梅街道ビラ配り珍道中でした。
⑥
タイムアップだ、、
つーか、21時30分になっちゃった。すまない。投稿担当大臣。
最後に言いたいのはただ一つ!
来てね!!!!!!!
2026年10月29日
古宮大志







