9月25日(水) タカユキ家のスタジオ

昨日はタカユキ家の地下スタジオで4人レテパ。
(はじめちゃん来れない日だったので。)

今までアルバムを作り出す時は、実は心の中では早い段階で収録曲と曲順まで一人で決めてた。
アレンジはみんなで考えるんだけど、やる前に想像して「深海はあんな感じになるだろうから1曲目で、だから2曲目は夜に名前を、だな。」みたいに。
今回も曲順まで考えてたんだけど、前回のスタジオでやった7曲が想像を遥かに超えてバッチリだったので、想像を超えた分、予想してたイメージが超良い意味で壊れ、残りの3曲を何にしようか迷い出してしまった。嬉しい迷いですが。
(変な所で神経質で毎回10曲だから同じ10曲じゃないと気持ち悪い。)

なので、昨日は歌ってみんなに聞かせて「どれ入れたい?」と相談した。
みんなこれも良い、あれも良い、と言ってくれるので、とりあえず全部アレンジしてみてあとで考えよう、という事になった。
でも、このままでは10曲どころか、20曲も超えてしまうだろう。

話しは変わるが(変わらないか)ブルーハーツ「ダッグアウト」「スティックアウト」みたいに、早い歌と遅い歌(頭悪そうな言い方ですが)を別々にしたアルバムを同時に作るのが俺の夢だったなあ。
もしかしたら、ついにそのチャンスが来たのだろうか。

昨日は「ヨモギネコのチヨ君」という歌でタカユキ君がリコーダーを吹き出した横で、高野君がヤンキーのように床に座りながらかったるい感じでギターを弾いているのが、どっかの中学の教室の一コマみたいで面白かった。
「猫との午前」という歌では、後奏の高野ギターがあの頃の俺の気分そのままで嬉しかったが悲しくなった。
両方とも札幌から連れてきた猫がいなくなった時の歌だ。

「猫との午前」はまだいなくなってないが、何か別れの予感がして出来た歌。
そんで「ヨモギネコのチヨ君」は実際にいなくなった歌。
札幌から引っ越して最初に住んだ稲田堤ユアサハイムにて。2011年頃の歌です。

「猫との午前」

猫との午前 穏やかな 日射しの中 過ごしてる
二匹のうちの一匹が外に出たいって騒ぎだす

窓を開け出してやる 二階から飛び降りた
残された一匹が不安そうに見送った

心配はしてないよ 毎日の事だから
だけど サヨナラは言わないで 消えてしまうって聞くからさ

サヨナラは言わないで 消えてしまうって聞くからさ

 

「ヨモギネコのチヨ君」

春の日射しの中で死ねる猫は幸せか
春の陽気で酔っぱらい そのままいなくなった

ヨモギネコのチヨ君 ヨモギネコのチヨ君

といった感じの歌が 早く帰って来ないと
シンガーソングライターの僕は どんどん出来ちゃうから

早く帰って来いよ ヨモギネコのチヨ君

札幌で生まれて2年半 川崎は6年間
雪解けの春は忘れたか? もちろん覚えてるよな

ヨモギネコのチヨ君 ヨモギネコのチヨ君

といった感じの歌が 早く帰って来ないと
せっかちフォークシンガーの僕は どんどん出来ちゃうから

早く帰って来いよ ヨモギネコのチヨ君

 

2018年の春頃かな?はじめちゃんに「ヨモギネコのチヨ君の歌詞よいね。ヨモギネコってどんな猫なの?」と聞かれたのを覚えてます。
(当時はアルバム収録曲以外の歌も全部「歌詞」のページに載せてた。)
ヨモギネコは北海道弁みたいですね。こちらではキジトラなのかな?多分。

スタジオの後は、近所のスシローからの温泉。
高野君もタカユキ君も素っ裸で見ると、他の人達よりもカタギじゃない感じが出てました。
タカユキ君はサウナでずいぶんイカれた目つきをしてるなあ、と思ったら、サウナの時計が12分計なので、めんどくさいから時計1周(12分)を1セットにして水風呂~サウナを何回も繰り返してたらしい。
変な目つきだったのは朦朧としてたかららしい。
12分は長いよ。変わってんなあ。

写真はタカユキスタジオにて。
ユキコはスタジオというより温泉に重きを置いていたのか、寝巻のようなラフな格好をしています。

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9月11日(水) 初スタジオの模様

というわけで、一昨日は新メンバー初スタジオでした。
みんな大好き高円寺スタジオコヤーマです。

俺そういえば多分、タカユキ君の演奏を褒めるの忘れてた。
一音目から自然に始まってしまい、スタジオ8時間入ってたのに、存在が自然過ぎて全然絶賛してなかった。
忘れてました、とっても素晴らしかったです。

東京から離れてた萌ちゃんは台風で帰って来れず、遅れて駆けつけてくれたので、最初は4人で「たこ公園」「佐藤君と伊藤君」をやって、その後合流し5人揃って音出した時のあのバッチリな感じ!
2月からの断酒リハビリやらで、全然歌って無かったので俺は9ヶ月振りのスタジオ。
恥ずかしながら、久しぶりの大声で声帯がくすぐったかった。

「佐藤君と伊藤君」は2007年前後の歌かな?
当時文通してたKさんという音楽家の人がいて(歌が出来たらお互い送り、手紙で感想を言い合ってた。俺が手放しで天才だと言えるのは彼だけ。「夜に名前を」に出てくる「僕の友達〜」は彼の事。)「ふるちゃん、佐藤君と伊藤君いいね。浮遊感がたまらないね。」と言ってくれてた。
Kさんに一昨日の演奏を聞いてもらいたい。
「浮遊感ってこういう事でしょう?」
「そうそう、でかした!」
今のレテパ聞いたら絶対褒めてくれるはず。
が、Kさんどこにいるんだかわからん。

「たこ公園」は高校生の頃の歌。(2000年だから俺来年歌手生活20周年だ。)
当時恐らく、たこのすべり台の型でもあって安く大量生産してたんだろう。
メンバーみんなそれぞれ思い出の「たこ公園」があるみたいでした。(ちなみに今のメンバーは、北海道(月形、岩見沢)、盛岡、湘南、東京、東京、出身。)
もう20年も歌っている歌が、まだこんな風に良くなるなんて、びっくりした。嬉しかった。
まさかあそこに間奏を入れるなんて思いもよらなかった。

その後も「長野県のお月様」「ミツバチ」「音楽」「雪包丁」「水平線」と、どんどん演奏しました。

「水平線」では高野君がなんか異常なハイテンションで面白かった。(次の日になっても「水平線よかった、水平線よかった。」とずっと言ってた。大好物なアレンジなのだろう。皆さんも聞けば彼の性癖がわかる。アルバムの最後の曲になる予定。乞うご期待。)

「長野県のお月様」はユキコがお気に入りらしく、演奏しながらニヤニヤしてた。(後で聞き返したが、この歌の萌ちゃんのドラムが、俺の歌をバンド演奏にする時の超お手本なんだろう。歌いながら俺は俺の知らないところまで行ってた。)
ちなみにこの歌と「プレスカブのスピードで」「思わずブランキー」は昔カブで疾走(失踪?)放浪の旅の時に出来た3部作です。
ブランキーはまだ未収録か。

さっき9ヶ月振りに歌ったと言ったが、ちょっとだけ嘘で、断酒1ヶ月位経ち、所謂「離脱」も落ち着き、ボンヤリしてたら「音楽」という歌が出来た。
ので、その時ちょっと小さな声で歌った。

ここ数年は1年に1、2曲くらいのペースで歌が出来ます。
2016年「ラブソング」「深海」
2017年「永遠に、たまに」「ロックンロール2」
2018年「ヘルメットヘアー」
で、
2019年「音楽」

新曲できた、新曲できた、と、よく新曲制作至上主義みたいな人がいますが、作りゃあ良いってもんじゃないよ。
小学校の時読んだネズミのフレデリックの影響か、俺はあの作り方しかできない。
あ、上記のKさんは多作だったけどね。(20曲は入ったアルバムを3ヶ月に1枚のペースで送って来やがった。)

「音楽」が出来てから何ヶ月も隠居してたから、やっぱり少しは悶々と不安で、過去にシラフで歌が出来たのは「17」だけだったので(この時は起きてすぐ酒飲む暇も無く出来てた、確か。)「音楽」が良い歌なのかわからなくなり、実は一昨日怖かったんですよ!メンバーの皆さん!隠してたけど。

で、結果は、アルバム完成でのお楽しみ。
このペースだと、早く出来そうだ。

2000年から歌い出し「00年代は俺の時代だな。」と思ったが全然だった。
2010年からはレテパも始まったし「10年代は俺の時代だろう。」と思ったがやっぱり全然だった。
2020年代に向けて、残ってる録りたい歌はこの素敵なメンバーで全部録っちゃってしまいたい。

そんで、レテパの時代にするんだ。

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9月1日(日) 僕のレテパシーズメンバー発表

僕のレテパシーズは前作「ブルースマン」を最後にベースの飯田裕が脱退しまして、新しいベーシストを捜していましたが、決まりましたので報告します。

では、改めて他の4人もおさらいしてみましょう。

hiroshi
ボーカル
古宮大志(ふるみやひろしって読みます。)

※みんなに「メンバー紹介したいから、この夏の思い出の写真を送ってね。こんな感じで。」と俺の写真をお手本に送ったら、みんな同じような写真を送ってくれた。
まとまりがあっていいね。

takano
ギター
高野京介

yukiko
キーボード
ハダユキコ

hajime
ドラム
関口萌(写真右です。一応。)

そして、新メンバー

takayuki
ベース
タカユキカトー

です。

タカユキ君は2014年頃の1年間くらいかな?(1st「僕を殺せるのは僕だけさ」の前の1年間)レテパのギター担当でした。
「ブルースマン」買った人はCDに書いてるから知ってると思うけど「ブルースマン」ではマスタリング(楽器じゃないよ、CD作る時の作業だよ。)を担当してくれてます。
タカユキ君ちは地下がスタジオになっていて、久し振りに会ってそこで作業したんだけど、さすがに俺やレテパの事をよくわかっていてくれて、何もかも説明不要で、嬉しく頼もしく「ああ、あの1年意味があったな。」と思いました。
そして、今回のベース捜しの時、タカユキ君はベーシストってわけでは無いので、最初は思い浮かばなかったんだけど、考えてるうちに今回のマスタリングの時の事を思い出し、説明不要でわかってくれてるのって最高だよな、と思い、タカユキ君に「ベース弾けるの?」と聞いたら「弾けるよ。」と言うので、「新しいアルバム作りたいんだ。ベースいないんだ。入ってほしい。」と伝えたら「いいよ。」と言ってくれました。

と、いうわけで次作に向けて今月から本格的に動けそうです。
やったね。
また色々報告するね。