「雨の日々」
思い出をつくろう そしていつも思い出そう
僕らは今日が苦手で いつも昨日を話してる
今日を捨ててしまおう すぐに思い出せるように
昨日を語り、今日を捨て、そして明日をチラ見する
雨の日々が続いてるように 傘が増えてしまうように
増えすぎだね、なんて言っていた 傘が気付けば無いように
別に悲しくなく とても楽しくやってるよ
何だか少し遅いだけ 今が今も思い出のよう
だから今日を捨ててしまおう いつも思い出せるように
昨日に出会い、今日思い、そして明日をチラ見する
雨の日々が続いてるように 傘が増えてしまうように
増えすぎだね、なんて言っていた 傘が気付けば無いように
3rdアルバム「永遠に、たまに」収録
(2009年作詞作曲)
アルバム全曲解説。
全曲っつって始めましたが、1週間に1曲書いたとして、40曲書くのに10ヶ月。
それだとその間に新しいアルバムも出来てしまい、その歌も解説してたら1年経っても終わらない事になる。
時系列で曲を並べて書いた方がわかりやすいかな?と最近少し思ったが、そこまで考え出すと時間がかかり過ぎるから、やはり適当に思いつくまま書く事にする。
全部終わったら、わかりやすく年代順に並べますね。多分。
1st、2nd、4th、ときたので今日は3rd「永遠に、たまに」から「雨の日々」の解説です。
以前どこかで話した気もするが、これはまあ、傘の歌。
ライブやスタジオなんかに行く人は特にそうかもしれませんが、出かける時に雨が降っていなかったら、荷物も多いし面倒だから多少あやしくても傘を持たずに出かけます。
で、帰る時にはザンザン降り。
でもライブハウスやスタジオには忘れ物の傘が腐るほどあるので、貰って帰ります。
このパターンが続くと家は大量の傘で溢れかえる。
そして、傘さして出かけたが、帰りは止んでて傘忘れて帰る。
この反対パターンが続くと、どんどん傘は減っていきます。
歌が出来たのは2009年頃、稲田堤ユアサハイム時代の歌です。
出かけようとしたら雨が降って来たが、傘が1本も無かった。のでしょう。
2004年(22才)に札幌から東京(稲田堤は川崎だが)に引っ越して来て、最初の3年位は特にひどく落ち込んだ。
ホームシックとは少し違うかもしれないが、とにかく季節感の違いに参ってしまった。
俺は父が空知出身(三笠、栗沢)で母が東京もんのハーフなので、母の実家の祖父母の家にはよく遊びに行っていたし、所謂「田舎のコンプレックス」や「都会への憧れ」みたいなのは全く無く、どちらの良い面も悪い面もちゃんと感じてバッチリ育ったハーフ&ハーフだと思う。
が、住んでみるとこんなにもダメなものか、あらためて自分の体に染みついている北国の季節の大きさに気付かされた。
夜空も青空も夕焼けも朝焼けも、どんな空を見ても美しいと思えなかった。俺の知ってる空とは全然違った。
文化が、とか、風習が、とか、信仰が、とかそういう事では無く「北」の匂いを嗅ぎたいがために、萱野茂さん、藤本英夫さん、藤村久和さん等、アイヌ関連の本をひたすらに読んでは北国の季節を思っていた。
(同じ季節の中で暮らしていたのだから、当然の事だが、読むと心に知っている懐かしい風が吹いた。)
(昨日NHKにとても美しい顔をした人が出てて、誰かと思ったら藤村久和さんだった。俺は毎日テレビを見てるが、こんな美しい顔の人は滅多にテレビに映らない。美しい人を見たい人は10/31の0時から再放送みたいですよ。「アイヌらしく 人間らしく~北海道150年 家族の肖像~」)
その後、内地の季節感にもだんだんと慣れ、2007年~2009年くらいは、安定期というかのんびりと暮していて、歌もたくさん出来た。
この頃は調布の深大寺にある鬼太郎茶屋という所でアルバイトをしていて(ほんとにお世話になりました。)深大寺ものんびりしているし、水木さんものんびりしているし(何度かお見かけしたが眼光は鋭い。)レテパも始まる前だし(レテパは2010年~)人生で一番のんびりとしてたんじゃないかな?(当時の俺が聞いたら「そんな事ねえ!」と、殴りかかってくるかもしれないが。今はそう思う。ごめん。)
今のレテパのレパートリーだと「海へ行こうよ」「プレスカブのスピードで」「君とスピッツ」「夜明け前」「バスが来るまで」「ユーレイ」「MOON PALACE」「アズミ」「再会」「雨の日々」他にもレテパでやっていない歌もたくさん出来た。
不安定?だった2004年~2007年だと「北」「夕焼けより」「君しかいない」がレテパレパートリー。
2004年(22才)~2009年(27才)はスポーツ選手なら全盛期かもしれないが、俺の場合は完全なる準備期間でした。
今度のアルバムにもこの期間の歌が何曲も入るだろう。お楽しみに。
PS.毎日テレビを見てる、と書いたが現代人と比べるとかなり見る方だと思う。若い女なんかと同棲すると大抵驚かれる。
テレビ以外の事は頭の中に遊びが無いというか、そのものの事しか考えられない、ので、半分くらい他の事を考えながら見れるテレビ鑑賞が、ボーっとするにはちょうどよい。前頭葉も委縮してるみたいだし。(酒の時に脳ミソ撮ったら骨との間に隙間が出来てた。)
今朝もテレビ見てたら、奥田民生が、
「音楽はタダで聞く時代だから、確実にCDはこの世から無くなるでしょう。」と言うので以下のような妄想してた。
「ああ、音楽やってなくてよかった。」
「じゃあ、何をやってるんですか?」
「レテパシーの大量放出。」
「レテパシーって何ですか?」
「日本語だと「愛」に近いけど。ちょっと違うな。」
「「愛」とは何ですか?」
「僕のレテパシーズのファーストの10曲目を聞いて下さい。」
PS.先日、吾妻ひでおさんが亡くなったと聞きました。
「失踪日記」「アル中病棟」がこの世に無ければ、レテパは2枚目あたりで終わっていたでしょう。
とにかく6枚目までがんばります。
「おかげさまで諦めることなく完成出来ました。」と感謝の気持ちを伝えたかったな。
↓委縮した俺の脳ミソ。2017年6月。
医者には「アル中にしてはまだ若いし、がんばって栄養摂れば少しは隙間埋まるかもね。」と言われたがどうでしょう?文読んでて埋まってる感じしますか?スカスカですか?