3月26日(木) 佐藤碧唯の登場です!

新ドラマー、佐藤碧唯が加入します。
どんなもんか、まずはとにかく見てもらいたいです。
なので、お披露目フリーライブを開催します。
常連さんも、久し振りさんも、初めましてもカモンカモン。

2026年5月29日(金)
東高円寺ロサンゼルスクラブ
「新ドラマー佐藤碧唯登場!」
19時00分オープン
19時30分スタート
※入場無料(1Dオーダー)
※予約不要

出演
大泉咲
僕のレテパシーズ



レテパシーズは16年目に突入して、次作12thアルバムのアレンジもスタートしました。
過去作11枚全て名盤だと思ってるけど、12thは特にすごいと思う。
この12thならば、大名盤の11th「おるたな」を超えられるかも知れません。
最近ライブを見れてない人にも、今のレテパシーズを見てほしい。
なので、赤字覚悟でフリーライブにしちゃいました。
予約も不要です。この機会にぜひ。

2026年3月26日
古宮大志

PS.大好きな大泉咲がゲスト出演してくれます。
彼女のソロアルバム「一人っ子計画」をみなさん聞きましたか?
ぜひ聞いてから来てね。素晴らしいので。(1曲目から13曲目まで、どんどん明るい光が刺してくるような曲順になっているのです。なので曲順で最初から聞いてみてね。きっと救われるはず。俺は救われたよ。もちろんTHEドイも犬丸二もサイコーなので彼女の全てをぜひ!)

PS.佐藤碧唯について書きますね。
サトウアオイと読みます。
1月のⅡララ企画でサポートで叩いてくれたアオイムシと同一人物です。
名前がアオイなので、芸名が「アオイムシ」だったらしいのですが、俺は本名を聞いてなかったので、ずっと「青い虫」だと思い込んでいて、青い虫なんて見た事無いなあ、青いトンボなら月形にもいたし親しみがあるけれど、、とその芸名にあまりしっくり来ていませんでした。
が、ある日本名を知り、あ!そういう事か!と大納得。
でも、本名の佐藤碧唯がとてもカッコいいので「とにかく碧唯という名前は佐藤との相性が抜群に良いと思う。今までの人生で出会った佐藤の中でダントツに佐藤が輝いて見える。こんなにも佐藤がカッコよく見えたのは生まれて初めてだ。これが古宮でも菊竹でも八幡でも嘉仁でも全然ダメ。碧唯には佐藤しかないし、佐藤には碧唯がベストだと思う。視覚的にも音の響き的にも!」と早口で捲し立てて大洗脳して、この度めでたくアオイムシから佐藤碧唯に生まれ変わったのでした。

彼女は昨年末の15周年ワンマンのライブで初めてレテパを見てくれたのです。(以前レテパシー通信にも登場した、ロサンゼルスクラブPAのイッテツ君が連れて来てくれてたらしい。このバンドを知らないのは罪だ!モグリだ!と)
そして無事に大感動して悔い改めてくれたという話を聞いたので、Ⅱララ企画でのサポートをお願いしたのでした。
そのⅡララ企画の数日後、正式なドラマーとしてのオファーをしに、彼女の実家の目の前の幼少期から遊んでいたという公園のベンチに座り、1時間ほど2人で話しました。
何を話したのかはあまり覚えていませんが「夜の公園のこの感じ、高校生の頃のようで懐かしいなあ!」と思ったのを覚えています。
一瞬で高校生の頃に戻れたのだから、確実に素晴らしい1時間だったのでしょう。
きっと佐藤碧唯も同じ気持ちだったはず。
なので、無事に正式加入決定。

ギリギリセーフだったけれど、ライブ見れて良かったね。
加入しちゃったらもう見れないもんね。
あの15周年ライブが最初で最後のレテパシーズでもう永遠に見れないと良いね。
解散までこの5人で行きたいよ。
ハジメちゃんや他のみんなの分まで、全人生をレテパシーズに使う事を誓います。
最高の人生で楽しいな。いつも自然と笑っちゃうんだ。

では、5/29に会おう!

3月13日(金) 僕のレテパシーズへ

関口萌と古宮大志が文章書きました。
まずは古宮大志から。

昨年末から椎間板ヘルニアでお休みしていた関口萌ですが、僕のレテパシーズを脱退する事になりました。
誤解されないようにハッキリと書きますが、ヘルニアは少しづつ良くなってきています。
なのでドラマーとして絶命した訳ではありません。
あんなに素晴らしいドラマーなので、いつか他のバンドでも叩いてる所を見たいです。
じゃあ、なんで脱退するのか、というと、これは病状とは関係ありません。
確かに一つのきっかけにはなりましたが。

ハジメちゃんは以前から「若くて良いドラマーが見つかったら、引退して席を譲りたい」という言葉を、事ある毎に発していました。
多くは書きませんが、彼の私生活が多忙過ぎて、弱っている時に発せられる事が多かったと思います。
俺はその度に悲しくなり、いちいち感情を揺さぶられていました。

俺とはまたタイプは違いますが、ハジメちゃんの生活も大変そうで、1年に1枚アルバムを出す、という今のレテパシーズのペースに合わせるには、どうしてもライブを削らなくてはならず、ここ数年は年に数回しかライブを出来ていませんでした。

それでも、騙し騙しここまで来ちゃいました。
なぜなら、ここ数年の少ないながらも行ったライブの全てが素晴らしかったし、最高のアルバムを作り続ける事が出来ていたから。
それが我々の全てでした。

今回ヘルニアでお休みになり、一度足を止めて、みんなと話し合いました。
タイミングよく「良いドラマー」も現れてしまったので、たくさんたくさん話し合いました。
そして、決断する事にしました。
今決断しないと、このバンド、手遅れになって、終わるぞ、と、本能が言っている気がしました。
まだ腐ってはいないけど、この状況がまだまだ続いたら、本当の手遅れになるぞ、と。

もっともっとライブをしたい。もっともっと作品を作りたい。
手加減せずに、人生の全てをレテパシーズに使いたい。
このバンドはこんなうだつの上がらない状態で、何年も放っておいてはいけないバンドだと思うのです。
ライブと作品が研ぎ澄まされまくってしまった今の状態は、逆に諸刃で折れやすい状態だとも感じるのです。
もっともっと速く走りたい。全然無理なんかしていない。
光速じゃなきゃ、楽しくないだけ。ただそれだけ。
そして光速でもちゃんと全てが見えてるよ。
だから歌はやって来るんだ。

レテパシーズを有名にして、音楽の世界を変えたい。
なので、関口萌にはここで降りてもらう事にしました。
ハジメちゃんを置いていくからには、絶対に売れようと思います。

古宮大志

※【古宮大志からの補足】

下記の関口萌の文章、素晴らしいので、一箇所だけ記憶違いがあるが、そのままにしようと思います。
「アコースティック」のベースはタカユキカトー。
が、「アコースティック」のリリース前にタカユキからヤハタにメンバーチェンジしていて、レコ発ライブもヤハタが弾いているので、勘違いしたのだと思います。
そのままで良いと思ったので、ハジメからの原文そのまま載せました。

僕のレテパシーズへ

自分が関わったレテパについて、初めて長い文章を書く。
確認したら、ひろしくんから僕のレテパシーズでドラムを叩かないかと言われたのが2018年の春なので、バンドは8年ほどやったことになる。メンバーチェンジもあり、自分にもひろしくんにも子どもが生まれたりして、アルバムは8枚作ったので振り返ってみる。
私は元々自分のバンドをやっていて曲も作ったりしていたのもあり、いちドラマーとしてバンドに参加するのは個人的に向いていないと思ったけれど、ひろしくんから郵便で送られてきた手書きの歌詞をみて、「なるほど、この人は良い詩人なんだ」と思って参加を決めた記憶がある。それまで続けていたバンドが終わったタイミングだったり、当時のギター高野くんやユキコさんという同い年メンバーがいたことで安心感もあったりした。
始めは練習場所の中野のスタジオに集まる前に、ひろしくんとベースの飯田くんとコンビニでアルコールを調達してアレンジをやり(ひろしが酒を飲んでいた頃)、「ブルースマン」の録音に臨んだ。直前まで使っていたカノウプスのスネアは楽器屋に売ってしまったので手持ちの機材はなく、スティックだけ持っていくスタイルだったので移動が楽だった。ちなみにその時のメンバーは高野くんも飯田くんもユキコさんも、楽器奏者として攻守で分けると「攻める」タイプの人たちだったから、熱量を合わせるのがやりやすかった(もちろんみな攻守の要素は両方あって、あくまでも私の勝手なイメージで言っている)。
「ブルースマン」の録音は終末感があってぐしゃぐしゃだったので、歌録りの際ひろしくんは泣きながら歌っていた。記憶力がないので詳細はあまり憶えていないが。ドラムに関してはたしかスタジオにあったセットをそのまま叩いた気がする。しっかりしたスタジオでちゃんとチューニングされていた。この時のドラムの音は大袈裟な音がして好き。「ヘルメットヘアー」とか「僕のレテパシーズのテーマ」のやけくそ感は愛せる。
その年のハイコーフェスにも同行し、秋田県田沢湖まで車で行った。帰りの高速道路の車内でユキコさんと何気ない話をしたことが、自分がその先もレテパを続けていこうかな、という気持ちに繋がったような気が、今となってはしている。
その後、飯田くんが抜けてタカユキくんがベースで入り「レテパシー」の録音へ。タカユキくんも同い年メンバーで、本来は「攻める」演者だけど意図的に「守って」いたので、バンドが柔らかくなった印象がある。彼の地下室の小部屋みたいなスタジオでコーラス録りをしたことと、録音ではドラムテックの方が入ってくれたことがとても面白かった。曲によってシンバルを変えたり、タムをデッドな感じの音にしてくれたので表情が変わっていて楽しいドラムだった。あの時敷いてたマイネルのドラムマット、いつか買いたいな。曲でいうと「長野県のお月様」が好きで、個人的にシングル推しだったが、ちょっとみんなと感覚が違ったのかも。
次の「アコースティック」はタカユキくんからやっくんになってからのアルバムで、バンドとしてちょっと新鮮な空気感があった気がする。このアルバムに入っている「春」という曲は思い入れがあって、ドラムはこだわった。ひろしくんの曲でたまにすごく好きなメロディーラインのものがあって、「春」とか「そばにいる」とかがそう。それからこのアルバムは2024年にリマスターをしているのだが、そのバージョンを聞いた時にすごくいいアルバムだと感動したっけ。「調布飛行場」の高野くんのギターが特に良い。あと、やっくんとは吉祥寺で飲んだり、錦糸町のサウナに行ってちょっとずつ打ち解けていったけれど、ほんとにやさしい人間で助けられた。「特訓」と称して、ドラムとベースだけでスタジオ練習したのはバンドを強くするためにとても意味があったと思う。ありがとうやっくん。やっくんは攻守のど真ん中って感じ。

高野くんは先に卒業していった。そして、カニくんと初めてスタジオに入ったら新しい音がして興奮した。とりあえずスネアをまた買わなきゃと思って、ハードオフで3000円くらいのゼンオンのスネアを買った。ここからまたスタートしなきゃという気持ちになった。「クレイなジー」はそういう意味で、新しいバンドのアルバムだと思っている。アレンジは苦労したけど楽しかった。改めて聞くと再現の難しい絶妙な演奏で、緊張と味があって「あの時」しか出来ない感じがする。そして、カニくんのギターはめちゃくちゃ攻めるかと思いきや、しっかり死守している感じというか、とにかく面白いギタリストで触発されまくった。
そういえばドラムに関しては、スネアは買ったものの結局吉祥寺GOKにあったラディックのスネアが凄く好きな音で、それを使わせていただいた。レテパの作品の中で、このアルバムはいわゆる名盤と思っている。
さて、やっと「エンデンジャードスピーシーズ」だが、初めて同じメンバーで2枚続けて録音したことになる。そのためか、割とすぐアレンジは出来上がっていったっけ。何となく自分がアレンジについて積極的になった時期のような気がする。「島崎智子へ」という曲はかなり突っ込んだアレンジで、ドラムもよくこんなの思い付いたな、と思えてすごく気に入っている。そしてこのアルバムでユキコさんは卒業したが、ストイックな鍵盤で感服する。どちらかと言うと、タイム感は自分のドラムよりユキコさんに委ねてしまっていたのかもしれない。
鍵盤が変わるということは、かなり大きな変化だと思うが、ちゃんとした後継者として次に南さんが入ってくれた。これほど曲数があるバンドに途中参加するにはなかなか勇気がいる。なので南さんは最初から攻めている。
「RADIO LETEPA」の頃は、自分自身の生活も変わってきてなかなか専念できず、またバンドとしても次の産みの苦しみみたいなものがあったような気がする。でも、結果的にはあっけらかんとしたアルバムで、単純な楽しさがある。「激めん」とか、これが正気で出来たのが不思議に感じるアレンジだったりする。また個人的なことになるが、このアルバムのレコ発には友部正人さんが出演してくださったが、友部さん大ファンの我が母に、死ぬ前にライブハウスで見せられたことに関しては、本当にひろしくんさまさまである。大感謝。
そして「夏のアルバム」である。レテパとしては、初めてのコンセプトアルバム?という作品。とにかく、ひろしデモを聞いた時点で私の中では「そばにいる」という曲が大事だったので、アレンジは納得するまでやりたかった。うまくいかない苛立ちも出てしまったけれど、何度も組み立て直して完成した時の嬉しさはひとしおだったし、自分がレテパのメンバーだという実感が今更ながらあった。このアルバムが出来たとき、ユキコさんが「最高傑作を作ったね」と言ってくれたのですごく報われた気がした。きっと、ひろしくんのどんぶりに、カニくんとやっくんと南さんと私がちゃんと乗っかったのだと思えた。
ということで、「おるたな」だが、これはもう頑張った。みんな頑張った。たぶんみんなそれぞれ大変だったと思うが、特に自分は表面的に大変さを出してしまったようで申し訳ない。いや、しかし良いアルバムを作って終われた。「ホンダ」のドラムなんて、無意識の境地で、導いたのか導かれたのか分からない感じがある。「若いバンド」も、自分らしくないアプローチで叩けたのがよかった。そこまで出せたんだと。やっと私もいちドラマーだな、と確かに思えた。あと、このアルバムではグレッチの薄めのスネアを使ったのが、個人的にオルタナ感。
最後に、過去(自分が入る前)の曲をやるにあたってアディーさんのドラムは録音物でしか聞いたことがなくて、いつも比較対象として頭にありはしたが全然同じようには叩けず、まあそれでいいかとも思っていた。アディーさんは点が均等できれいで、もちろんグルーブがある理想のドラム。自分は感情的でムラのあるドラムなので同じようには出来ないと諦めていた部分もあるし、求められてはいないとも思った。でも、去年くらいにやっと「見知らぬ青年との会話」は原曲に近づけたニュアンスで叩けた気がしたのは嬉しかった。

というわけで、長々と書いてしまったが、これで私は僕のレテパシーズを卒業します。ひろしくん、やっと次のアルバムを聞けるのが、わくわくしてきたよ。
新しいドラマーにバトンを渡します。

関口萌

PS.結成15周年ワンマンの映像を公開します。
我々の最後のレテパシーをご覧下さい。

3月3日(火) 11thアルバム「おるたな」通販スタート!

11thアルバム「おるたな」の通販、大変お待たせしました。
本日よりスタートさせて頂きます。

https://yoruninamaeo.theshop.jp/

配信リリースの方は昨年の12月、15周年ワンマンの予約が少なくて絶望して「ええい!音はもうあるんだ。配信だけでもリリースしてしまえ!この大名盤が出れば予約激増するだろう。逆に増えなければそれはそれで諦めもつく!それなら客席ガラガラでもむしろ気分が良いわ!才能がなかったんだろ!聞く方に!」と緊急リリースしてしまいました。
そしてその後、公私共にまた色々とドタバタしてしまい、こんなに時間がかかってしまいました。

毎度毎度ですが、俺が一人でCD焼いて、切ったり貼ったり包んだり、発送までやっているので、注文から到着まで少し時間がかかる場合があるかも知れません。
のんびりお待ち頂けたら幸いです。

あと、アルバムにコメントを書いて頂きました。
曽我部恵一さんのコメントです。

さすがに、何も書かないのも不自然だと思うので、経緯を。

7thアルバム収録曲に「So.Ka.Be」という歌がありますね。
この7thアルバムを録音していた頃、6thアルバム「アコースティック」がリリースされました。
その6thアルバムを偶然、曽我部さんが聞いてくれてたらしい。
レテパの録音をしてくれている馬場友美は、曽我部さんとも仕事をしているので、ちょうど「So.Ka.Be」を録った直後に曽我部さんから「馬場ちゃん、僕のレテパシーズって知ってる?」と言われて、びっくりして「え!?バレた?」と思い、思わず反射的に謝ってしまったらしい。
もちろんリリース前なので「So.Ka.Be」の事など、曽我部さんは知るはずもないのですが、あまりにもタイムリーで馬場ちゃんは大動揺してしまったらしい。
そして、今自分がレテパシーズと「So.Ka.Be」という歌を録音している事もちゃんと伝えたらしいのですが、怒るどころか、その後の7th8th9th10th11thとずっと聞いてくれていたらしく、今作11thも褒めてくれていたという噂を聞いて、俺は嬉しくなって、コメントをお願いしたのでした。

前から俺は、なんで文学やお笑いの世界とかは、あんなにも新人発掘に真摯な姿勢なのに、音楽は断絶しているのだろう、と思っていた。
今も思っているし、この状況を変えたいと強く思っている。
俺の好きな昭和初期の文壇みたいに、大御所も中堅も新人も同じ土俵に立つべきだと思う。
もっとイカレてて、誰もが命を全使いしたくなるくらいやり甲斐のある、ドキドキするような音楽の世界に変えたい。
俺は、バンドを脱退する人や、解散するバンドを見ると「そりゃあもっと素晴らしい世界で遊びたいよな。」といつもフラれたような気分になるのです。

なので、こんな無名なレテパシーズを曽我部さんが聞いてくれていた、というのは励みになりました。
本当に嬉しいし、音楽界の鑑だと思う。
ありがとうございました。

という訳で、良かったらCD通販ぜひぜひ。
俺は細かい作業が苦手なので、梱包雑でも許してね。
毎作CD楽しみにしてくれている方々、お待たせしてしまいすみませんでした。
信頼の上、甘えさせて頂きました。お許しを。

2026年3月2日
古宮大志

PS.お休みしている関口萌の事、また来週ちゃんと書きます。
1月2月はみんなで色々話し合いました。

PS.自分のお守りみたいな物なので、今年も書きますが、2月6日で断酒7年になりました。おめでとう!
もうさすがに飲酒欲求はありませんが、それはこの大冒険を維持出来ているからなのです。
素晴らしいライブ、素晴らしい作品、を継続する為には断酒あるのみ。
なので、バンドが壊滅したら、多分沖縄あたりで浮浪者になって飲むでしょう。
泡盛とオリオンビールをゴクゴクと。まるで水のように。
だから前進あるのみ。

最近のノンアルビールは見た目も本格的なので、ライブ中にノンアル飲んでると「あ!酒飲んでんじゃん、、!」と勘違いされる事があります。
7年間一滴も飲んでませんよ!えらいのです。

PS.この、CD飾るやつ。ついにあと1枚で完成です。
全12枚が埋まる時、何かが起こる気がしてます。
なんだかそんな気がするのです。
子供の頃のドラクエごっこの財宝探し、みたいな気分だね。
三つ子の魂百まで、は本当な気がする。
今は、冒険ごっこ、じゃなくて、本当の冒険で子供の頃よりも楽しいよ。
三つ子の魂百まで、、1週間に1度くらいの頻度で遊んでいる、俺の息子もうすぐ3才だな。(離婚したので別居している)
最近は親分感が出てきて、俺の事を子分のように扱います。
「シロシー!サイゼリヤ行こうかー!」とポッケに手を突っ込みながら誘って来ます。
青豆のサラダとコーンピザのコーンとチーズの部分しか食べないので、俺はいつもただのピザ生地を食べさせられています。
それでも親分なので、上から目線で「食べてもいいよー」と汚いただのぐちゃぐちゃの生地を俺の口に突っ込んできます。

昨日はレテパメンバーで集まり12thアルバムの10曲のコード確認をしました。
カニは特にこういう作業が好きみたいで、活き活きと楽しそうに色々コードを提案してくれました。
12thの10曲は息子の歌も多いのです。年内には絶対に出したいです。

ではまた来週。色々報告します。
何もかも覚悟の上での大冒険なので、全て大丈夫。
ご心配なく。変わらず行くのだ。