11月5日(火) シングル「まだもう」について

シングル「まだもう」リリースしました。
11月21日リリースの10thアルバム収録曲になります。
この前のレテパフェスの時にも話したけれど、メンバー全員に「10thから1曲だけシングル出すとしたらどの歌が良い?」と聞いてみた。
すると「まだもう」に3票。「T君の夏の歌」に1票。「棄権」が1票。
棄権は俺で、その理由は「どの歌も同じように好きなので選べない」から。
なぜ「どの歌も同じように好き」なのか、というのも書いたらなかなか面白い話な気がするけれど「作詞作曲」の壮大な話になってしまい長くなるのでまた今度。
とにかく公正公平に「まだもう」が選出されました。
がんばれまだもう。

この写真は「まだもう」のジャケ。
10thアルバムのジャケットを考えていた時、色んな写真を母から送ってもらったのだが、その中にあった1枚。(白い犬を散歩する俺を妹が追いかけている)
こんな写真の存在は知らなかったが、2番の歌詞の「田んぼの道」はこの農道。
そして「増水の灌漑溝」の灌漑溝まで写っているので(写真右側のやつ)こんなにも「まだもう」のジャケに相応しい写真は無いだろう、と思い採用。
ちなみに灌漑溝とは用水路の水を溜める所。
俺はいつもここで魚を釣って食べていた。
しかし心配性の母は「農業用の水路だから農薬がたくさん入り込んでいるのでは?」と何やら一人で調べていた。
魚を釣ったからには「食べる」か「飼う」かしないと気が済まない子供だったので、食べられる種類の魚は全部食べていた。
危険な行動を頭ごなしに止めるのではなく、ちゃんと調べて納得させて止める、というスタイルは今思うと最高の教育スタイルだな、と思う。
まあ、母に言わせれば「相当の正当な理由を突き付けないと絶対に言う事を聞かない子供だったからね!」と文句を言いそうな気もするが。
用水路の農薬が安全レベルと分かってからは、両親総出で俺の釣ってくる「食べられるが決して美味しくはない魚」の調理法を研究してくれた。
焼く、煮る、味噌汁に入れる、燻製にする、全部美味しくなかったが、最終的に近所の農家の長老が「あれは刺身だ。小骨さえ根気よく取れば最高の刺身になるぞ。」と教えてくれた。
「焼いて美味しくもない淡水魚が刺身だと美味しい」という斬新な発想は古宮家には無かったので半信半疑で試してみたのだが、その刺身は本当に美味で、東京から遊びに来た母方の祖父(母方は東京。祖父は高度成長期のバリバリのサラリーマンで食には特に煩かった)にその刺身を食べさせると「うん。こりゃ美味いな。」と言ったのが今でも忘れられない。
ワガママな祖父だったので用水路の魚なんて絶対に食べないし、おじいちゃんの為に孫が釣ってきたとかの理由も全く響かないタイプの人だったので「北海道の高級魚の刺身だよ。」と嘘をつき、裏で妹と舌を出して笑ったのだった。

こうやって少年期の事を思い出してみると、自分の行動原理はあまり変わらないな、と思う。
最初は周りと同じようにビックリマンシール(本当は「ドキドキ学園」派だった)やガンダムのカードダス(1枚20円の時代)なんかを集めていたが、所詮既製品の中の出来事なので、冒険心が満たされなかった。
生死に関わるような本当の大冒険がしたかったので(漫画やアニメの主人公は必ずそういう大冒険をしていたから、それが本当の状態だと信じていた)夢の無い既製品はやめて、魚釣り(月形町で絶滅したと言われていた幻の魚を追い続けた。「石狩川の大チョウザメ」はついに見つけられなかったが「樺戸監獄の囚人達の赤い血により染まった伝説の赤ドジョウ」は何匹も発見して飼っていた)
そしてその後は化石掘りに夢中になり、新種の化石を探し続け、化石で有名な隣町の三笠市の博物館の職員とも仲良くなって、職員御用達の業務用の発掘地図をこっそり見せてもらったりしていた。
そして今「歌が出来たら録音してアルバムにする」という行動も行動原理としては同じような気がしてる。
あの頃夢見ていた「生きるか死ぬかの大冒険」
喜怒哀楽全てドカーン。ああ楽しい。
子供の頃は「こんな町飛び出して冒険の旅に出よう!レッツ家出だ!」と熱く誓い合った友達も、いざ旅立ちの朝を迎えると引き返してしまって、寂しい思いをたくさんした。
でも今は同じ思いの仲間がちゃんと出来たもんね。

この歌はフランクザッパの「Watermelon In Easter Hay」という曲を聞きながら食器を洗っていたら出来た。
フランクザッパなんて全く聞かずに育ったのだが、レテパスタッフのソノダ氏がザッパのドキュメンタリーを見たらしく「音楽に対する姿勢がひろし君に似てる気がしたのでひろし君も一緒に観に行こう。」と誘ってくれて映画館に行ってみた。
似てる気は全然しなかったのだが、エンドロールで流れていた曲はすごく好きだった。(その後ソノダ氏はポーグスのシェインの映画も観に行き「すみませんでした。ザッパじゃなくシェインに似てました。」と謝罪してきた)
長いインストの曲なのだが、聞いているとなぜか故郷の事を思い出す。
その日(2022年6月5日作曲)も食器を洗いながら聞いていたのだが、洗いの途中でふと振り返りすぐ後ろに置いてある足踏みオルガンの前に座ったらこの歌が出来た。
皆さんが聞き比べても全然違う曲に聞こえると思いますが、自分としては「サンキューザッパ。おかげで歌が出来ました。」という感じです。
英語は苦手なので「Watermelon In Easter Hay」がどういう意味なのかは分かりませんが、カニ君にこの話をしたらWatermelonというのはスイカだと教えてくれたので「月形町はスイカの名産地でゴジラのたまごっていうスイカがあるんだよ!」とタイトルに縁を感じて嬉しかったのを覚えています。

10thアルバムの曲は2022年頃の歌達です。
このアルバム以降は足踏みオルガンやピアノを弾いて歌が出来る事が多くなりました。
ギターと違い、ピアノは全然何弾いてるのか分からずに取り憑かれたように触っているだけなので、デモテープを聞いたメンバー達もコードの解釈の自由度が増えたらしく、10thアルバム以降の歌達は少し雰囲気が違うかも知れません。
まあ、11月21日を楽しみにしてて下さいね。(なぜ11月21日にしたか分かるかな?)

先日レテパシーズTwitterに今後のスケジュールを載せてもらいました。

【10/30】
シングル「まだもう」リリース

【11/6】
僕のレテパシーズTikTok登場

【11/13】
3rdアルバム「永遠に、たまに」
4thアルバム「ブルースマン」
リミックス、リマスター盤リリース

【11/21】
10thアルバム「夏のアルバム」リリース

【12/2】
MV「そばにいる」公開

明日の11/6は「僕のレテパシーズTikTok登場」となっています。
これは以前「日記風」のどこかでも書いたけど、俺が失意の中、不動産屋で働くのっぺらの高林君に連れられて物件の内見へ行く途中に「のっぺらはTikTokを始めてお客さんが増えたし、音源も聞かれるようになりました。レテパは歌詞も見た目も古宮さんの歌い方も個性的でTikTokに向いていると思いますよ。」と言われ「うーん、確かに俺が中学生の時に見て衝撃を受けたセックスピストルズやジャニスジョップリンの映像も数十秒のダイジェストで大衝撃だったもんなあ。」なんて思い、メンバーに話したところ、菊竹南と先日の「レテパシーロックフェスティバルの光景」の進藤三太の二人が中心となってTikTokを始めてくれる事になりました。
そういう縁なので俺はTikTokの事を「高林部」と呼んでいます。

前にも書いたが、俺はTwitterとかTikTokが苦手というよりはネット自体が苦手なので(頭がごちゃごちゃすると歌が出来なくなる気がしてる)いまだにガラケー野郎です。
なので、今回の高林部に関しても、TikTokどころか使用する映像も見ていませんし、今後も見る事は無いと思います。
でも完全に信頼して任せられる仲間が出来て嬉しいです。
「ライブを見てほしい」「音源を聞いてほしい」この二つの純粋衝動の助けになるといいなあ。
なんの後ろ盾も無い無名の自主制作軍団ですからね。
孤軍奮闘。使えるものは使わないと。
俺は何も出来ないが、歌だけは出来るので、まあミュージシャンとしては合格ラインなのではないでしょうか?

というわけで、今月は盛りだくさん。
お楽しみに!

PS.この写真は以前にも登場した気がするが「あれは刺身だ。小骨さえ根気よく取れば最高の刺身になるぞ。」と教えてくれた農家の長老のタケダさんはこの子供相撲の行司です。

PS.最近アー写が新しくなりました。
撮影は平田Kさん。
場所は我らが新故郷ロサンゼルスクラブ。
トイレの前のレトロソファーゾーンです。
いつかこの場所が聖地になりますように。

どうです?みんな良い顔になった気がしません?
たくましい感じ。
全60巻の漫画の42巻くらいのたくましさが出てきたね。
だいぶ強くなってきたぞ。色々あったもんね。

PS.10thアルバムのリリースは11月21日です。
「今作はレコードにするぞ」と以前書いた?ライブ中に話した?気がするが、やめました。
色々考えて、最終的には本能でやめました。
これについてはまた書きます。
なのでいつも通りの「配信リリース」と「CDのレテパホームページ通販」という形になります。
もしレテパのレコードを楽しみにしてレコードプレイヤーを買ってしまった人がいたらごめんなさい。
お詫びに2026年以降の遠くない未来に全アルバム12枚をレコードに出来るようがんばります。

PS.レテパTwitterには載せてもらったのですが、レテパNEWSには未掲載でした。
先日は第5回レテパシーロックフェスティバルありがとうございました。
ライブ後、川崎テツシ&犬丸二と「2026年に感動的な朝焼けを眺めましょう!」と約束しちゃいました。
必ず実現させます。
その日までカッコいいままでいてね。
俺達も素敵でいられるようにがんばります。

以下はレテパTwitterに掲載した第5回閉会のご挨拶と同文です。

【ごあいさつ】

東高円寺のロサンゼルスで歌った次の日の朝、ベッドに寝転びながらアメリカのロサンゼルスの野球を見た。
体が動かなかったので。
ベッドに寝転びながら最初から最後まで見た。
だけど頭は割と動くようだったので、色んな事を思い出した。
あんな事、こんな事、を思い出しているうちに、昨夜歌いながら見た光景の事も思い出した。
もしも今「あなたが生涯に見た景色の中で一番キレイだったのはどこですか?」と問われたら「うーん、二つ答えて良いですか?屋外だと故郷の宮島沼の春。空一面の渡り鳥と夕焼けの光景。屋内だと僕のレテパシーズで歌っている時の目の前の光景。」と答えると思う。
今回も一番キレイな光景だった。(本当にありがとう)

アンコールでは「才能がなかったんだろ」を久し振りに歌った。
この歌を歌ったせいか、作曲した2020年頃の事も思い出した。
2020年2月21日の復活ライブ。
ライブとしてはこのライブが「中期のレテパシーズ」の始まりだった。
そして作曲としてはこの「才能がなかったんだろ」が中期の1曲目。
初期の終わり頃は「6枚のアルバムだけは、6枚のアルバムだけは」とそれだけを思いながらギリギリで生きていた。
今は「12枚のアルバムまでは、12枚のアルバムまでは」とそれだけを思いながらノリノリで生きている。
ノリノリではあるが、ふと「レテパはあと何回ライブが出来るんだろう?」と思う事がある。
今回のレテパフェスの前にはそう思う事が特に多かった。(多分カニユウヤのギターがいつもと違う色だったのがその理由)
最近頭で思い描く残りライブの回数は決して多い数字では無い。
だけども焦らずにこのまま行進を続けようと思う。
焦って自暴自棄になってばかりだった俺が、こんな風に思えるようになったのは、やはり歌いながら見ているあの光景のおかげだよな、と思う。
初期のレテパシーズの頃には見れなかった光景。
今の俺は確実にこの光景に支えられている。
中期が始まり4年半。
7th以降の3枚のアルバム(来月4枚目の10thが出るよ)と59曲の歌達(あと1曲で12th用の10曲が揃う)が出来た。(そういえば可愛いエンジェルも一羽出来たな)
「才能がなかったんだろ」を歌ったせいで、中期をこんな風に振り返っていたら、テレビの野球はロサンゼルスがサヨナラ満塁ホームランで劇的な勝利。
喜ぶ大谷君を見ながら「おう、元北海道。がんばって良かったな。俺も引き続きがんばるぜ。」とテレビを消して、長い長い昼寝をした。

いつか「あなたが生涯に見た景色の中で一番キレイだったのはどこですか?」と同じ質問をされた時にはこう答えたい。
「前は屋外と屋内で二つ答えたんだけど、今は屋外でも屋内でもレテパシーズで歌いながら見てるあの光景だな。そしてレテパフェスの終わりの感動的な朝焼け。」

犬丸二、川崎テツシ、そして「光景」のあなた。
本当にありがとう。
あとロサンゼルスクラブはカニユウヤが店長になりました。
アメリカのロサンゼルスも良いけれど、ロサンゼルスといえば東高円寺!と言われるくらいにがんばろーぜ。
ロサクラを俺達の故郷にしよう。
俺はセブンティーンの時に札幌161倉庫に救われた。
カニ君の事だから、あの頃の俺のような駆け出しで命知らずのセブンティーンをたくさん救う事でしょう。
安心して素敵な店長になりたまえ。
みんな応援してるから。

では、今年のレテパシーズライブはこれにて終了。
次回は未定。
ひたすらに11thアルバムのアレンジを進めます。

愛してるよ光景。
また会おう。

僕のレテパシーズ
古宮大志